【コラム】「市川のなし」は、なぜ地元のスーパーに並ばないのか?

「市川のなし」といえば、全国的にも知られる千葉県を代表する地域ブランドです(全国一の梨の産地である千葉県の自治体で、市川市の梨の産出額(2022年、推計値)は白井市と僅差の2位で、3位以下に大差をつけています)【注1】。甘くてジューシーな市川の梨は、贈答用としても大人気で、毎シーズン多くのファンを魅了しています。
しかし、市川に住んでいる人は、地元のスーパーマーケットの売場で「市川のなし」を見かけることが少ないと感じているかもしれません。
このようなケースは、市川に限らず、全国各地、そして、世界各地で起きています。四半世紀ほど前に訪れたタイで、最上級のトロピカルフルーツは日本などに輸出されるため、地元の人は滅多に食べられない(市場に出回るのはランクが落ちるもの)という話を聞きました。このように、「良いものは外へ出て行き、地元には残らない」という現象は、決して珍しいことではありません。
今回は、地域産品のブランド化が、産業の成長や、従事者の確保などに寄与する一方で、地元の人が気軽に買って食べられなくなる事態を引き起こす現象を、マーケティングの視点から解説します。
ブランド化がもたらす「3つのチャネル構造」
ブランド化した地元の地域産品をスーパーマーケットの売場で見ることが少ないのは、マーケティング構造上、合理的な選択がなされた結果と見ることができます。ここでは、梨に限定せず、ブランド化した地域産品について説明します。
1. 直販ルートの確立
生産者さんには、自宅や農園に設置した「直売所」で販売したり、全国への「贈答発送」という強力な販路を持つケースが少なくありません。中間マージンが発生せず、一番良い状態で売れるため、生産者さんにとって最も利益率の高いルートです【注2,3】。
2. 流通コストの壁
一般的なスーパーマーケットに商品を卸す場合、一定の数量をまとめて出荷し、卸業者や店舗のマージンを考慮した価格設定にする必要があります。生産者にとって、直販や贈答で売り切れてしまう高価値な産品を、わざわざコストをかけてスーパーマーケットの流通ルートに乗せるインセンティブが働きにくいです。
3. スーパーマーケットの「日常消費」とのミスマッチ
スーパーマーケットは、地元で暮らす人たちが、日々の買物をする場所です。店舗の立場では、高級ブランド品を常時並べるより、日常使いしやすい、手ごろな価格の品物を並べる方が、回転率が高くなると考えられます(梨の場合は必ずしも価格差が大きいとは限りませんが、ブランド化が高級化につながることで、「特別な日に贈る・味わうもの」というイメージが定着し、日常の買い物という文脈にはそぐわなくなっていく、という側面もあります。)。
このように、外向けの「高価値・贈答用市場」と、地元の「日常消費市場」が分断される現象(地域ブランドと地場消費の分断)が起きるというわけです。
「産業としての成功」と「地域の愛着」
地域産品がブランド化し、高値で取引されることは、地域経済にとって望ましいことです。地域の営農が維持され、地域名(「市川」など)が全国に轟くことは、素晴らしい成果です。
しかし、「地元の名産なのに、最寄りのスーパーマーケットで買えない」「生産者の知り合いがいないと買いづらい」「市内と言っても直売所は遠くて簡単には行けない」という状態が続くと、地元住民の間に「誇らしいけれど、どこか遠い存在」という冷めた感覚が生まれるリスクもあります。
地域内外で喜ばれるのが理想的な地域ブランド
私が知る市川市内の梨の生産者さんは、地元の消費者向けに、直売する以外にも、市内で連携している小売店などでの出張販売、代理販売をしており、直売所まで足を運ぶのが大変な人に喜ばれています。
地域ブランドが、外に向けて高く売れる「産業化(外需)」と、地元の人が日常的に親しみ、誇りに思える「シビック・プライド(内需)」が、よいバランスで共存している――例えば、贈答用の厳しい規格からは外れたものの、味は一級品の「ご自宅用(袋詰め)」が直売所で手ごろな価格で手に入り、地元の子どもたちが日常的にその味を覚えて育つ――そんな状態が理想的ですね。
〈注〉
1.〈その「市川のなし」あるいは「市川の梨」は、千葉県でも有数の産出額を誇ります(上の画像を参照)。数年前の推計値によれば、全国一の梨の産出県である千葉県の自治体で、市川市は白井市に次いで第2位(12億円)です。3位以下(鎌ケ谷市や、ふなっしーが有名な船橋市など)に大差をつけての2位、立派なものですね。〉(引用)
出所:特定非営利活動法人フリースタイル市川「【コラム】JAいちかわ「市川のなし」をGI保護制度に登録申請」2026年8月23日公開、https://fs-ichikawa.org/gi_ichikawa_no_nashi_pear/ (2026年8月25日閲覧)
2.直売では中間マージンが発生せず、利益率が高いことについては、例えば長谷川雅行氏による以下の説明が参考になります。
〈一般に青果物の生産者が市場等に出荷する場合、輸送費・手数料などは品目にもよるが40~60%と言われている。即ち、生産者の手取りは販売価格の40~60%になってしまう。一方、農産物直売所や道の駅に出荷した場合の手数料(生産者が直接持込むため、輸送費は不要)は25%と言われ、手取りは75%となる(上記、「農産物直売所」の「①生産者にとっての魅力」参照)。消費者にとっても小売店より安価に購入できる。〉(引用)
出所:長谷川雅行「卸売市場法改正と最近の生鮮食品流通(後編)」『ロジスティクスレビュー』第457号、2021年4月8日発行、https://www.sakata.co.jp/logistics-457/ (2026年8月25日閲覧)
3.ただし、直売では経費が発生します。農林水産省の調査では、直売における経費控除後の受取額が、JA共販の受取額を下回るケースが示されている点には注意が必要です。
〈JA共販をやめて直売所やネットで売れば、手数料を引かれない分だけ手取りが増える。この見立ては、実測データでは半分しか当たっていません。農林水産省の調査では、青果物の小売価格のうち生産者が受け取るのは48.5%です。一方、消費者への直販では販売単価が3割ほど上がるものの、販売価格の28.2%は自分で負担する経費になり、経費を引いた受取額はJA共販の受取価格をむしろ下回りました。〉(引用)
出所:農業情報メディア「JA出荷と直販で手取りはどう変わる?農協の販売手数料と経費の実測比較」2026年7月15日公開、https://agri-ja.net/articles/ja-vs-direct-sales-income (2026年8月25日閲覧)
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