【コラム】「異」なる存在、ヤマダストアーの挑戦 ―― 質を保ちながら規模を追求できるか

2026年7月31日の『日経MJ』に、「兵庫地盤のヤマダストアー、大阪初出店/高品質PB・ユニークなPOP」と題された記事が載っていました。

記事によると、兵庫県が地盤の高級スーパー、ヤマダストアーが、2026年の冬に、既存11店舗の出店エリアである兵庫県の外、大阪市北区(梅田)に初出店するとのことです。初の県外出店となる、この新店は、今後の広域展開を探る実証店の位置づけなのだとか。

記事より、こだわりの商品と、その価値を伝えるPOPについて紹介している箇所を引用します。

「商品に添えられる文章が楽しく、思わず長居してしまう」。月に1回は訪れるという神戸市の50代主婦は話す。店内で目に留まるのが、豊富な手書きのPOPだ。一般的にスーパーでは商品名や産地、価格が書かれる程度だが、ヤマダストアーはひと味違う。

例えば淡路島産のトマトには「ドレッシングをかけるのがもったいない」とある。土を使わずに水と肥料だけで育てているため、甘さに自信があるという生産者の思いが込められる。国産の有機大豆を使った納豆には「添加物の入ったタレを使わず、家のしょうゆでシンプルに食べてほしい」とあり、商品の強みを生かした食べ方を伝える。

(中略)

店舗運営部の中野賢部長は販促法を工夫する理由について「割高な商品が多い理由を納得してもらうためだ」と説明する。POPの情報量の多さもあり、1時間以上かけて買い物する客も少なくないという。

出所:日経MJ「兵庫地盤のヤマダストアー、大阪初出店/高品質PB・ユニークなPOP」(2026年7月31日)

ヤマダストアーの強さは、他社との価格や品揃えの「差」を競うのではなく、自社ならではの「異」を構築している点にあります。そしてその「異」は、単一の施策ではなく、複数の活動が相互に補強し合う一貫したシステム(マイケル・ポーターの「Fit」【注1】)になっているのが特徴です。

なお、「差」と「異」については、先に公開した記事「【コラム】『差』と『異』 ―― 大滝詠一の言葉とマイケル・ポーターの理論からブランドを考える」で検討しています。

【コラム】「差」と「異」 ―― 大滝詠一の言葉とマイケル・ポーターの理論からブランドを考える

今年の3月、音楽評論家・萩原健太氏の著作『幸せな結末 大滝詠一ができるまで』が発売されました。そのタイミングでラジオ番組に出演した萩原氏の話が、とても印象的でし…

さて、日経MJの記事から、ヤマダストアーの「異」な部分をピックアップしてみます。

  • 売上に占めるPB比率が8割(全国平均の8倍)
  • 添加物13種類の不使用リストという明確な「何をやらないか」の宣言
  • バイヤーの商品開発兼任による、地元農家・メーカーとの密な共同開発
  • 手書きPOPによる生産背景・こだわりの言語化
  • 割高な価格設定を、丁寧な情報開示によって顧客に納得してもらう仕組み

これらは、個別に見れば他社でも真似できそうな施策にも見えます。しかし、「PB比率8割」を支えるには「バイヤーの商品開発兼任」が、商品の価値を伝えるには「POPでの丁寧な説明」が、割高な価格の正当性を説明するには「添加物不使用リストという明確な基準」が必要、という具合に、互いが互いの前提となって強固に組み合わさっています。

仮に競合店が手書きPOPだけを模倣したとしても、商品開発力や仕入れ網、思想まで含めたシステム全体は再現できません。これこそが、同社が「差」の競争から脱し、圧倒的な「異」を保ち続けている理由です。

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しかし、今後注目すべき論点があります。記事の最後の一文がそれを象徴しています。

大阪梅田店の周辺では兵庫地盤のいかりスーパーマーケットのほか、紀ノ国屋や成城石井などの高級スーパーが集う。

出所:日経MJ「兵庫地盤のヤマダストアー、大阪初出店/高品質PB・ユニークなPOP」(2026年7月31日)

ヤマダストアーは、これまでの出店エリアだった兵庫南部では、個性の際立つ「異」なる存在でした。しかし、新天地の大阪梅田は、いかり・紀ノ国屋・成城石井といった、それぞれが独自の「異」を持つ高級スーパー同士がひしめく激戦区です。ここでは、「差」の競争に巻き込まれず、独自路線を歩んできた企業が、「異」同士の新しい競争の土俵に立たされる可能性があるのです【注2】

さらに重要なのは、広域展開(スケールの追求)と、地域密着ゆえの「異」(ヤマダストアーにおいては、PB開発力・地元農家との関係・きめ細かい店舗運営など)は、しばしばトレードオフの関係になるという点です。

「年間1店を目安に増やす」という慎重な出店ペースや、「PBは大量生産が難しい」という記事中の言及は、経営陣が、スケールを追うことで「異」の源泉である地域密着性や少量生産のこだわりが薄まりかねないというジレンマを強く自覚していることの表れだと読めます。

ヤマダストアーの梅田進出は、単に「ユニークなスーパーの成功例」にとどまりません。「異」を強みとしてきた企業が、その独自性を保ったまま規模を追求できるのかという、成熟企業が次なる経営課題にいかに対応するかという試金石でもあります。全国には、狭域で事業を行っている、価格訴求ではなく、こだわりの品ぞろえと独自価値の提供で顧客の支持を得ているスーパーマーケットがあります。そのような企業にとっても、ヤマダストアーの梅田進出が、どのような成果を残すかは、注目に値することでしょう。


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〈注〉

0.冒頭の画像は、ヤマダストアーの梅田進出を取り上げた記事が掲載された日経MJの紙面(筆者が赤ペンで印をつけた形跡あり)の、文字が読めないようにぼかしを施したもの(をさらに加工して作成したもの)です。

1.「Fit(適合性)」は、経営学者マイケル・ポーターが提唱した概念で、企業の個別の活動(仕入れ・商品開発・販促など)が単体で存在するのではなく、互いに補強し合い、一つのシステムとして噛み合っている状態のことです。他社による、個々の施策の模倣は容易だとしても、活動同士の相互関係や仕組み全体を再現することは極めて難しいため、持続的な競争優位の源泉となります。

2.いかり・紀ノ国屋・成城石井もまた「異」を追求していると考えられる企業です。その意味では、本当の意味で「同じ土俵」に上がるわけではないとも言えます。むしろ、「異」を追求する企業同士がひしめく激戦区で、自らの「異」の際立ちが薄れるリスクがある、と表現する方が適当かもしれませんね。「異」同士がぶつかると、それは「差」の土俵に逆戻りするのか、それとも「異」のまま並び立てるのか、梅田の地で個性的な高級スーパーが消費者にどのように受容されるか、要注目です。