【コラム】「差」と「異」 ―― 大滝詠一の言葉とマイケル・ポーターの理論からブランドを考える

今年の3月、音楽評論家・萩原健太氏の著作『幸せな結末 大滝詠一ができるまで』が発売されました。そのタイミングでラジオ番組に出演した萩原氏の話が、とても印象的でした【注1】

大滝詠一氏は、よく「差異」という言葉を口にしていたそうです。「差なのか、異なのかで全然違う」と。海外のロックと日本のロックとの間に「差」があると考えるなら、「本場に追いつき、追い越そう」という発想になります。しかし、「異なるもの」と考えるなら話は変わります。日本のロックを、英米ロックのレベルに満たない、未熟な、あるいは、最近見聞きする言葉を使うならば、下位互換と見なすのではなく、日本語や日本文化に根ざした、日本独自の音楽として発展させることが重要なのであり、それこそが取り組むべき課題なのだ、そんなことを大滝氏は語っていたというのです。

この話を聞きながら、マーケティング、ブランディングにも通じる考え方だと思いました。

「差」とは、同じ土俵の上で比較できるものです。

売上高、利益、市場シェア、店舗数、顧客数(登録会員数など)。あるいは、フォロワー数や「いいね」数、再生数。企業にはさまざまな数字があり、共通の尺度で測れるからこそ、「どちらが多いか」「どちらが大きいか」を語ることができます。

一方で、「異」は、そもそも同じ土俵に立っていない状態です。

企業間競争という言葉があります。確かに企業は売上やシェアを競います。しかし、その競争が成り立つのは、顧客から「比較できる存在」「似たもの同士」と認識されているからです。例えば二つのスーパーマーケットが価格競争をしているとします。顧客は「どちらで買おうか」と比較し、安い方を選びます。もしかしたら、近い店を選ぶかもしれません。そこでは両者は「同じ種類の店」、つまり、「同質な存在」と見なされています。同じ土俵の上で争い、相手よりも少しでも秀でる、上回ることで、「差」をつける、そんな競争の世界ですね。これの行きつく果ては、「レッドオーシャン」と呼ばれる、赤い血の海です。

本当に個性的で強いブランドの場合は、様子が違います。消費者は、「あれが欲しいから、この店へ行く」「このブランドだから選ぶ」と考えます。企業間やブランド間の比較は(少なくとも、同業他社と思われるような存在と、単純な機能やスペックや価格での比較は)、ほとんどおこなわれません。もちろん、まったく比較されないわけではありませんが、顧客の認識は「これがいい」「これじゃなきゃだめ」といった、こだわりのようなものになっていきます。他と「同質」な存在ではなく、業界の中でも「異質」な、際立った存在として認知されるというわけですね。

この「異」の強さについて、経営学者マイケル・ポーターが、以下のような指摘をしています。

ポーターは、競合他社と同じことを、競合よりも上手に行うこと(Operational Effectiveness)と、そもそも異なる価値を提供する仕組みを設計すること(Strategic Positioning)を明確に区別しました。前者は品質やコスト、スピードの改善競争であり、優れた取り組みであっても、いずれ競合に模倣されます。後者は、「何を提供しないか」を含めた活動の組み合わせ全体が一貫しているために、他社が一部を真似したとしても、同じ価値を再現することはできません。ポーターが挙げたある航空会社の例では、座席指定をしない、機内食を出さない、他社と乗り継がない、といった個々の施策そのものではなく、それらが相互に支え合う、総体としての仕組みになっていることが、模倣を困難にしていると論じられています。

これは外国企業の例ですが、国内のビジネスでも類似の事例が確認できます。例えば、人口が減少する北海道で圧倒的な支持を集めるコンビニエンスストアのセイコーマートは、大手コンビニチェーンとは異なる独自の調達網・自社製造の仕組み・店舗運営(他社と異なり直営店がほとんど)を、北海道という土地に根ざす形で築いてきました。単に「他社より少し安い」「品揃えが良い」という「差」ではなく、活動全体で「異」を構築している好例と言えるでしょう【注2】

大滝詠一氏の言う「異」は、これに近いと思います。日本のロックを英米ロックに「差」をつけられている存在と見なし、その背中を追いかけて追いつくべきと考えるのではなく、日本語や日本文化と分かちがたく結びついた独自の音楽として育もうとしました。大滝詠一氏が生み出した音楽には、単一の要素ではなく、言語・文化・感性などが一体となった、模倣困難な「仕組み」があるように思います。模倣困難であるがゆえに、独自性が薄まっていません。発表から長い時間を経てもなお、強い個性を放ち続けていることが、その証左です。

ブランドが目指すべきものは、競合よりも大きな売上を上げることだけではありません。競合と同じ土俵で「差」を競うことだけでもありません。むしろ、「異なる存在」になることこそがブランディングの目指す状態だと言えるでしょう。

マーケティングでは「差別化」という言葉がよく使われます。しかし、その言葉には二つの意味が混ざっているように思います。
一つは、「競合より少し安い」「少し品質が高い」という「差」をつくること。
もう一つは、「競合とは異なる価値を提供する」という「異」をつくることです。
前者は競争を有利にするかもしれません。しかし後者は、競争そのものの性質を変えます。

孫子には「戦わずして勝つ」という言葉があります。もしそれが、相手を打ち負かすことではなく、「同じ土俵で戦わなくても済む状態をつくること」だとすれば、「異」を育てることと、どこか通じるようにも思えます。

大滝詠一氏は、日本のロックを英米ロックとの「差」で捉えませんでした。「異なる文化」として育てようとしたからこそ、日本のポップスは独自の発展を遂げたのでしょう。

企業も同じなのかもしれません。競争は「差」を競う営みです。しかし、ブランドは「異」を育てる営みです。大滝詠一氏の言葉を反芻しながら、マーケティングとブランディングにおいて、この二つを混同しないことが極めて重要だと思ったのでありました。


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〈注〉

0.冒頭の画像は大滝詠一氏のアルバム『DEBUT AGAIN』で、私物CDの写真をそのまま使用したかったのですが、解像度が低かったので(下の画像です)、これを生成AIにきれいにしてもらったものを冒頭に掲載しました。

出所:筆者撮影(撮影日は多分2018年12月11日です)。

1.文化放送「武田砂鉄 ラジオマガジン」(2026年3月12日放送)に出演した萩原健太氏が、著書『幸せな結末 大滝詠一ができるまで』の出版のいきさつを語る中で、大滝詠一氏の主張(持論)を紹介していました。その放送の音声は、YouTubeで聴くことができます。「差」と「異」の話は、再生開始16分のところから聴けます。

話の趣旨は概ね次の通りです。

・よく大滝詠一氏は「差異」ということを言っていた。
・「差」なのか「異」なのかで全然違う。
・海外のロックと日本のロックとの間に「差がある」と考えると、追いつき追い越せと言えるけれど、「異なるもの」だと考えると、どのように自分たちがそれ(日本のロック)を発展させるかという問題である。
・大滝詠一氏は、そこ(海外のロックと日本のロック)の違いは、「異」の方なのだという中で音楽活動をしてきた。

2.同様の発想は他社にも見られます。直営中心・生鮮や総菜を主力とする従来のスーパーマーケットとは異なり、大容量・冷凍中心の商品構成と自社工場製造、フランチャイズ展開によって独自の存在感を築いてきた業務スーパーや、ドラッグストアの枠を越えてコスメ体験型ショップとして高い支持を得ているアインズ&トルペなども、活動全体で「異」を生み出している例だと言えます。