【レポートVol.12】欲望の生成と沈黙の構造 ― コンプレックスマーケティング試論 ―

鈴木 雄高(市川マーケティング研究所 代表)
初版公開(PDF):2026年4月22日
Web版公開:2026年7月22日
要旨
本稿は、外見・身体コンプレックスに訴求するマーケティング(コンプレックスマーケティング)の問題構造を明らかにし、求められる規制の方向性を論じる問題提起的考察である。
需要創造はマーケティングの正当な機能であるが、コンプレックスマーケティングはその延長線上にありながら、存在しなかった欠乏感を消費者に提案し、本物の不安として定着させるという固有の性格を持つ。マーケティング倫理・ジェンダー社会学・公衆衛生の三分野における先行研究を概観した上で、本稿はコンプレックスマーケティングに固有の三つの構造的特徴を指摘する。すなわち、アルゴリズムによる脆弱性のプロファイリング、被害の告発が自己開示を伴うことによる沈黙の強制、そして高額・継続購入を前提とした抜け出しにくい経済設計である。これら三つが重なることで、問題は可視化されにくく、消費者の自律的判断は実質的に損なわれる。対応策としては、消費者リテラシーへの依存や広告内容規制の限界を踏まえ、ターゲティングの仕組みそのものへの介入が求められる。
キーワード:コンプレックスマーケティング、脆弱な消費者、ボディイメージ、ターゲティング規制、アルゴリズム広告、自己客体化
目次
1.はじめに
スマートフォンを開くたびに、広告が飛び込んでくる。肌荒れ、体型、髪のボリューム、目の大きさといった要素について、画面の中の理想と自分を比べさせ、不足を感じさせ、商品へと誘導する。こうした外見・身体コンプレックスに訴求するマーケティング(以下、コンプレックスマーケティングと呼ぶ)は、ソーシャルメディア(SNS)の普及とアルゴリズム広告の精度向上により、従来よりも個人の内面に近い領域に作用するようになっている1。
需要を創造し、消費者の潜在的な欲求を顕在化させることは、マーケティングの正当な機能である。しかしコンプレックスマーケティングには、通常の需要創造とは異なる構造的な問題が潜んでいる。本稿では、マーケティング倫理・ジェンダー社会学・公衆衛生の三分野における先行議論を整理した上で、コンプレックスマーケティングが持つ固有の問題構造を明らかにし、求められる対応の方向性を論じる。
2.需要創造とコンプレックスマーケティング
マーケティングにおける「潜在ニーズの発見」と「不安の創出」は、一見似て非なるものだが、その境界は現代においてますます曖昧になっている。
「毛穴が気になっているはずだ」「睡眠の質が低いはずだ」といった断定的なメッセージの集積は、需要の顕在化という言葉では説明しきれない。それは、存在しなかった欠乏感を消費者に提案し、あたかも自発的な悩みであるかのように錯覚させるプロセスである。提案された不安はやがて本物の不安として定着し、消費者は自分がもともとその不安を抱えていたと感じるようになる。
コンプレックスマーケティングが通常の需要創造と一線を画するのは、訴求の対象が外見・身体という自己評価の核心部分である点、高額かつ継続購入を前提とした商品設計と結びつきやすい点、そして被害を感じても主張しづらい構造を持つ点である。最後の点については、後の章で詳しく論じる。
3.三分野の先行研究――マーケティング倫理、ジェンダー社会学、公衆衛生・精神医学
コンプレックスマーケティングに関連する問題は、独立した三つの学術分野においてそれぞれ論じられてきた。
マーケティング倫理の分野では、1990年代以降、高齢者・低所得者・若年層など市場において不利な立場に置かれやすい「脆弱な消費者(vulnerable consumers)」への倫理的配慮が議論されてきた。また、消費者が広告の説得意図をどの程度認識し対処できるかを論じたPersuasion Knowledge Model(Friestad & Wright, 1994)は、その知識が不完全であることを前提としており、消費者の自衛能力には構造的な限界があることを示唆している。2010年代以降は、ユーザーの認知バイアスを利用して意図しない選択を誘導するUI設計、いわゆるダークパターンの研究と連動するかたちで議論が展開している。
ジェンダー社会学の分野では、Fredrickson & Roberts(1997)のObjectification Theory(客体化理論)が重要な基盤となっている。この理論は、身体の性的対象化が自己客体化を生み、身体監視を通じて不安・抑うつ・摂食障害といった心理的リスクをもたらすメカニズムを提示した。なお、学術論文ではないものの、Naomi Wolf(1990)の『美の神話』は、美容産業が女性の身体規範を強化し社会的抑圧と結びつく構造を広く可視化した著作として、その後の学術的議論にも影響を与えた。
公衆衛生・精神医学の分野では、SNS利用と身体イメージ・精神健康の関連研究が2010年代以降急速に蓄積されている。Fardouly et al.(2015)らは、SNS上の外見比較が身体不満や摂食行動の異常と関連することを実証し、従来のマスメディアとは異なり「同輩比較(peer comparison)」が心理的影響の中心にあることを示した。近年はさらに、アルゴリズムによるコンテンツ推薦が特定の関心を反復強化する「フィードバックループ」の問題が指摘されている。
これら三分野はそれぞれ重要な知見を蓄積してきたが、共通する限界がある。アルゴリズムが個人の心理的脆弱性を推定し、最適化された形で広告を届けるという現代的な問題構造を、統合的に扱う枠組みが、いまだ十分に形成されていない点である。次節では、この空白を埋める試みとして、コンプレックスマーケティングに固有の構造的特徴を整理する。
4.構造的特徴――なぜ問題は見えにくいのか
コンプレックスマーケティングが社会問題として認識されにくい背景には、三つの構造的特徴がある。
4-1.脆弱性のプロファイリング
現代のアルゴリズム広告は、ユーザーの行動履歴・閲覧パターン・反応データをもとに、「この人はどのような不安に反応しやすいか」を推定し、そこに最適化された広告を届ける。これはかつての「潜在ニーズの発見」とは本質的に異なる。不安を見つけているというより、むしろ不安そのものを形にして差し出している側面がある。しかもそれは、意識の防御が下がりやすい就寝前や起床直後など、スマートフォンの使用状況と組み合わさることで、さらに効果を高める。
4-2.沈黙の強制
通常の消費者被害であれば、被害を受けた消費者は声を上げやすい。しかしコンプレックス商材の場合、「被害を訴えること」が同時に「自分にそのコンプレックスがある」という自己開示になってしまう。後ろめたさや恥の感覚が、結果として、声を上げにくくする方向に働く。被害が集合的に可視化されにくく、統計にも上がりにくいのはこのためである。
4-3.抜け出しにくい経済設計
コンプレックス商材の多くは、高額かつ継続購入・継続施術を前提とした設計になっている。一度始めると「やめること」自体がコンプレックスを刺激する仕掛けになっており、消費者は不満を感じながらも離脱しにくい状況に置かれる。
この三つが重なるとき、コンプレックスマーケティングは通常の市場取引の外観を保ちながら、消費者の自律的な判断を実質的に損なう構造として機能する。
5.規制論の検討
こうした問題への対応として、消費者リテラシーの向上がしばしば提唱される。しかしリテラシーへの依存は、実質的に「自己責任でお願いします」と消費者に問題を押しつけることに等しい。莫大な予算と行動データと洗練された心理学的知見を駆使して設計されたシステムに対して、個人の認知能力で対抗することには構造的な限界がある。
広告の内容規制も一つの手段だが、「この表現はアウト」という判断はグレーゾーンが多く、規制と回避のいたちごっこになりやすい。より根本的な問題は、何を届けるかではなく、誰にどのように届けるか、という配信の仕組みにある。
注目すべきはEUの動向である。デジタルサービス法(DSA)は未成年に対するプロファイリングに基づくターゲティング広告を制限・禁止する規定を含み2、英国のAge Appropriate Design Codeはプラットフォームに設計レベルでの義務を課している3。「リテラシーで対処せよ」ではなく、「そもそも脆弱な消費者に届かない設計にせよ」という発想の転換である。
日本では景品表示法や薬機法の文脈での規制はあるものの、アルゴリズムによるターゲティングそのものへの規制はほぼ手つかずの状態にある。プラットフォーム企業の多くが国外に本社を置くことを踏まえれば、市場アクセスを条件とした規制の枠組みを国際的な連携のもとで構築することが、実効性ある対応への道筋となるだろう。
6.おわりに
コンプレックスマーケティングは、需要創造というマーケティングの正当な機能の延長線上にありながら、その一部は消費者の心理的脆弱性を標的にし、沈黙を強制し、離脱を困難にする構造を持つ。問題が見えにくいのは、被害が個人の内面に刻まれ、告発そのものが自己開示になってしまうからである。
この問題を個人のリテラシーに委ねることには限界がある。必要なのは、脆弱な消費者に当該広告がそもそも届かないよう、配信の仕組みそのものに介入する規制の枠組みである。EUや英国の動向はその先行事例として参照に値する。
日本においてこの議論はいまだ十分に展開されていない。本稿が、コンプレックスマーケティングが成立する条件を社会的に認識し、規制論の検討を深める一助となれば幸いである。
〈注〉
1.SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)は人と人のつながりを基盤としたサービスを指すのに対し、ソーシャルメディアはユーザーがコンテンツを生成・共有するメディア全般を指す、より広い概念である。本稿が問題にしているアルゴリズムによるコンテンツ推薦やターゲティング広告という文脈では後者の概念がより適切であるが、日本では「SNS」が一般に定着した表現であるため、本稿では「ソーシャルメディア(SNS)」と併記する。
2.デジタルサービス法(DSA: Digital Services Act)は、2022年にEUが制定したデジタル市場規制法。大規模プラットフォームに対し、アルゴリズムの透明性確保、違法コンテンツの迅速な削除、未成年者へのプロファイリングに基づくターゲティング広告の原則禁止などを義務づけている。違反した場合、全世界売上高の最大6%の制裁金が科される。
3.Age Appropriate Design Code(児童向けデザイン規範)は、2021年に英国で施行された規範。オンラインサービスが15歳以下のユーザーに利用される可能性がある場合、プライバシー保護を最優先とした設計を義務づけている。「子どもがたまたまアクセスするかもしれない」という可能性だけで適用されるため、対象範囲が広く、プラットフォーム設計そのものへの介入として注目されている。
〈参考文献〉
Andreasen, A. R. (1993). Revisiting the Disadvantaged: Old Lessons and New Problems. Journal of Public Policy & Marketing, 12(2), 270–275.
Baker, S. M., Gentry, J. W., & Rittenburg, T. L. (2005). Building Understanding of the Domain of Consumer Vulnerability. Journal of Macromarketing, 25(2), 128–139.
Fardouly, J., Diedrichs, P. C., Vartanian, L. R., & Halliwell, E. (2015). Social Comparisons on Social Media: The Impact of Facebook on Young Women's Body Image Concerns and Mood. Body Image, 13, 38–45.
Fredrickson, B. L., & Roberts, T. A. (1997). Objectification Theory: Toward Understanding Women's Lived Experiences and Mental Health Risks. Psychology of Women Quarterly, 21(2), 173–206.
Friestad, M., & Wright, P. (1994). The Persuasion Knowledge Model: How People Cope with Persuasion Attempts. Journal of Consumer Research, 21(1), 1–31.
Gray, C. M., Kou, Y., Battles, B., Hoggatt, J., & Toombs, A. L. (2018). The Dark (Patterns) Side of UX Design. Proceedings of the 2018 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems, Paper No. 534.
Holland, G., & Tiggemann, M. (2016). A Systematic Review of the Impact of the Use of Social Networking Sites on Body Image and Disordered Eating Outcomes. Body Image, 17, 100–110.
Kotler, P., & Zaltman, G. (1971). Social Marketing: An Approach to Planned Social Change. Journal of Marketing, 35(3), 3–12.
Wolf, N. (1990). The Beauty Myth: How Images of Beauty Are Used Against Women. William Morrow.

