【レポートVol.20】食品消費税率の引下げは、家計と市場をどう動かすか ― 小売事業者への示唆を中心に ―

鈴木 雄高(市川マーケティング研究所 代表)
初版公開(PDF):2026年7月18日
Web版公開:2026年7月18日

要旨
政府は2027年4月を目途に、食料品にかかる消費税率を現行の8%から1%に引き下げる案を検討している。本稿では、この税率変更が家計に与える影響を試算するとともに、過去の定額減税に関する統計データを踏まえ、税負担の軽減が必ずしも消費支出の増加に直結しない可能性を指摘する。その上で、小売事業者、特にスーパーマーケットにとって、本税制改正がもたらす市場機会について論じる。
なお、本稿は2026年7月18日現在、公表・報道されている情報に基づいて執筆したものである。税率、実施時期、制度の詳細等は、今後の政府方針の確定により変更される可能性がある点にあらかじめ留意されたい。

キーワード:消費税率引下げ、軽減税率、家計負担、消費者行動、小売マーケティング、スーパーマーケット


1. 税制改正の概要と論点

政府は、食料品にかかる消費税を、2027年4月に、現在の8%から1%に変更する案を検討している。レジ改修に数か月を要するため、2026年9月ごろまでには最終判断が必要とされている。

また、食料品の消費税のみが変更されるため、いくつかの論点が指摘されている。第一に、仕入れと販売の税率差によって資金繰りが厳しくなる企業が生じる可能性がある。第二に、飲食店の税率は10%のまま据え置かれるため、飲食店にとっては小売店との競争条件がより厳しくなる可能性がある。第三に、2029年に税率が8%へ戻される際には、反動減や再度のシステム改修が必要になることが懸念されている。

これらの論点は看過できないものの、本税制改正が消費者にとって一定の恩恵をもたらすことは確かである。


2. 税負担軽減額の試算

総務省「家計調査」によれば、1世帯当たりの1か月の食費(外食を含み、賄い費を除く)は平均で72,378円である(税込み、2025年。以下同様)。内食・中食・菓子類・飲料には8%の消費税が、酒類・外食には10%の消費税が課されている。このうち、8%対象分の税率が1%になった場合、1世帯当たりの1か月の食費は平均で68,700円となり、月額3,678円の負担軽減が生じると試算される【注1】

世帯人員および世帯主の年齢によっても、1か月の食費および軽減額は異なる。これを踏まえて試算した結果は、以下の通りである(図表 1、図表 2、図表 3、図表 4)。

【図表1:1世帯当たりの1か月間の食費 世帯人員別】

【図表2:1世帯当たりの1か月間の税負担軽減額 世帯人員別】

【図表3:1世帯当たりの1か月間の食費 世帯主の年齢階級別】

【図表4:1世帯当たりの1か月間の税負担軽減額 世帯主の年齢階級別】

本試算が示すのは、家計への影響という側面にとどまらない。消費者が食費をどこで、どのように支出するかという選択行動そのものが変化する可能性を、この結果は示唆している。以下では、スーパーマーケットの視点から、本税制改正がもたらす「既存顧客の深化」と「新規顧客の流入」という、性質の異なる2つの市場機会について論じる。


3. 既存顧客の深化と新規顧客の流入

スーパーマーケットを従来から頻繁に利用してきたヘビーユーザー層(ファミリー層や高齢層)は、毎月3,000円から6,000円程度の恩恵を直接受けることになる。

ここで焦点となるのは、この軽減分の使途である。可処分所得が増加したとしても、それが食品以外の趣味・娯楽、あるいは将来への備えとしての貯蓄や投資に回された場合、食品小売市場の活性化にはつながらない。消費者が売場で実感する価格低下の余裕を、「より上質な商品を選ぶ(プレミアム化)」「購入数量を増やす」「非計画的な購買を誘発する」といった、食品売場内での購買行動へいかに還流させられるかが、事業者にとっての課題となる。

一方、軽減額の絶対値としては小さく見える「1人世帯」や「29歳以下」といった層には、別の市場機会が存在する。本税制改正の要点は、外食(10%のまま)と、酒類を除く小売食品(1%)との間に生じる9ポイントの税率差にある。この税率差により、両者の価格差はこれまで以上に意識されやすくなると考えられる。世帯人数別では「1人世帯」が、世帯主年齢別では「29歳以下」が、食費に占める外食比率が最も高いことから【注2】、本税制改正を契機として、外食産業に向けられていた支出の一部が小売食品へシフトする可能性がある。すなわち、これまで外食を中心としていた消費者の一部が内食・中食を選択する機会を増やし、スーパーマーケットに新たな顧客層が流入することが期待される。


4. 過去の定額減税に関する考察

参考として、2024年の可処分所得と消費支出の関係について確認する。2024年は春季労使交渉における賃上げや、所得税・住民税の定額減税等の効果により、各年齢層で可処分所得の増加がみられた年である。

内閣府「令和7年度年次経済財政報告」には、以下の記述がある。

可処分所得と消費支出に分けて動向をみると、2024年にかけて、33年ぶりの高さとなった春季労使交渉の賃上げや所得税・住民税の定額減税等の効果もあって、各年齢層において可処分所得が増加する一方で、消費支出の伸びが極めて緩やかなものにとどまっていることが確認される(第2-1-1図(2))。

この記述が示すように、税負担の軽減や可処分所得の増加は、必ずしも消費支出の増加に直結しない。それでは、消費に回らなかった負担軽減分は、どこに向かったと考えられるか。一般に、家計における「浮いた資金」の行き先としては、以下の選択肢が想定される。

  1. 同一カテゴリー内での消費増:内食・中食の充実など、元々の支出項目内での消費拡大
  2. 他カテゴリーへの消費シフト:趣味・娯楽、日用品、被服、外食など、食品購入以外への振替
  3. 負債の返済:ローンやクレジットカード残債への充当
  4. 貯蓄:普通預金・定期預金等、流動性を保った資産保有
  5. 投資:NISA等を通じた資産運用

過去のデータからは、消費者が負担軽減分を主に4の貯蓄、すなわち将来への備えとして保有する傾向が強く、1・2の消費拡大に向かう割合は限定的であったことがうかがえる。

もっとも、定額減税と消費税率の引下げでは、消費者が負担軽減を実感する構造が異なる点には留意が必要である。定額減税は、給与や還付という形で断続的に発生するのに対し、消費税率の引下げは、日々の買い物のたびに、価格やレシートを通じて反復的に実感される。1回あたりの金額は小さくとも、支払いの都度繰り返し「意識される」という特性は、まとまった金額が一度に発生し、既存の資産と混ざりやすい定額減税とは異なる消費者行動を引き出す可能性がある。

とはいえ、この反復的な実感がもたらす効果には、時間的な限界があると考えられる。2027年4月の導入直後には、消費者が小売価格の低下を実感したとしても、数か月のうちにその感覚に慣れてしまうことが想定される。すなわち、消費税率引下げが持つ「意識されやすさ」という利点は、導入初期においてこそ最大化されるものであり、その効果が薄れる前の期間が、事業者にとっての勝負となる。


5. 小売事業者への示唆

以上を踏まえると、事業者にとっての勝負は、導入直後の数か月間にあると考えられる。消費者が「食品が安くなった」と感じている間に、既存のヘビーユーザーに対しては、軽減分を活用した非計画購買を促す提案を行い、新たに流入する若年層・単独世帯層に対しては、外食との価格優位性を訴求するとともに、従来接点のなかった売場での価値訴求を積極的に行うことが求められる。導入初期における対応の巧拙が、競合他社との差別化、ひいては成長軌道への乗り方を左右すると考えられる。そのためには、減税の決定後、店頭販促、チラシ、アプリ、SNS等を通じた情報発信を、他社に先駆けて行う必要がある。

減税前からの周到な準備と、減税開始と同時の新たな購買体験の提案は、価格低下への「慣れ」が定着する前に、新たな購買行動を定着させる鍵となる。この積み重ねは、売上の拡大にとどまらず、消費者の「買物」に対する情緒的価値の再認識にもつながるものと考えられる。


〈備考〉

本稿は、筆者が2026年7月17日に執筆・公開した「【コラム】食品消費税1%で『浮いたお金』はどこへ向かうのか?―スーパーマーケットの視点から―」を基に、論理的な検討をより厳密に行う形で再構成したものである。


〈注〉

1.総務省「家計調査(家計収支編)」(2025年)の「第4表:世帯人員・世帯主の年齢階級別1世帯当たり1か月間の収入と支出」に掲載されているデータを用いて簡易的なシミュレーションを行った。まず、食料の支出金額から「賄い費」を除いた。これを2025年の食品支出(税込み)とする。食品の内訳のうち、「酒類」(小売されている酒類に対する支出金額)と「外食」には10%の消費税が、それ以外(「穀類」「魚介類」「肉類」「乳卵類」「野菜・海藻」「果物」「油脂・調味料」「菓子類」「調理食品」「飲料」)には8%の消費税がかかっているとみなした。このうち、8%の対象となっている分の支出金額について、いったん8%で割り返すことで税抜価格を求め、これに1%分の消費税を上乗せするという計算を行った。

2.2025年の1か月の食費に占める外食比率は以下の通りである。平均:17.5%。世帯人員別の外食比率は、1人世帯:21.9%、2人世帯:13.6%、3人世帯:16.2%、4人世帯:19.8%、5人世帯:19.2%、6人以上世帯:16.5%。世帯主の年齢階級別の外食比率は、29歳以下:42.0%、30~39歳:28.0%、40~49歳:22.3%、50~59歳:19.7%、60~69歳:15.4%、70歳以上:9.7%。


〈参考文献〉

総務省(2026)「家計調査(2025年)」第4表

内閣府(2025)「令和7年度年次経済財政報告(経済財政政策担当大臣報告)―内外のリスクを乗り越え、賃上げを起点とした成長型経済の実現へ―」2025年7月公開、https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je25/pdf/all_01.pdf


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