【コラム】「商戦」という言葉を使いたくないと渋沢栄一は言った

渋沢栄一の一言

大正の初め頃、経済雑誌『実業之世界』に連載されていた渋沢栄一の談話記事「実験論語処世談」に、こんな一節があります。

能く世間では商業は平和の戦争であると謂つたり、或は「商戦」等の文字を用ひたりするが、商売は決して戦争で無いのである。戦争には必ず勝敗があつて、一方が勝つて利益すれば、一方が損害を受くるに決まつたものである。若し五分五分で引分けになれば両方共に損害を受けることになる。然し、商売では投機を除けば決して取引上から損したといふものは一人もなく、何方に向いても利益を得て悦んでる者ばかりになる。これが商売の戦争と全く其根本に於て違ふところである。故に私は商売の事を云つたり書いたりする時に、「平和の戦争」とか、「商戦」とか申す言葉を用ひたくないものだと思つて居る。

出所:公益財団法人渋沢栄一記念財団「デジタル版『実験論語処世談』(15) / 渋沢栄一 7. 商売は商戦に非ず」、https://eiichi.shibusawa.or.jp/features/jikkenrongo/JR015007.html(2026年7月23日閲覧)【注1】

渋沢がこの談話を語ったのは1916年(大正5年)夏でした。当時は第一次世界大戦(1914-1918)のさなかで、日本もドイツに宣戦布告し、青島攻略戦などに参戦していました。世界規模の戦争が進行していた時代の空気の中、あえて「商戦」という便利な言葉を退けたところに、渋沢の見識の深さがあらわれているように思います。

商売は本来、双方が得をして初めて成り立つ営みです。
これに対して、戦争は、勝っても負けても(引き分けても)、誰かが損をする構造です。
渋沢はその違いを、当時よく使われていた(そして、110年が経った現在でも多用されている)「商戦」という言葉に注目し、見つめ直していたのでしょう。

とても「便利」な戦争用語

私は経営やマーケティングに関わる事業を手掛けており、また、研究も行っていますが、これらの領域には、戦争や軍事に由来する言葉があふれています。

  • ロジスティクス(もとは兵站)
  • 戦略・戦術
  • ターゲット(標的)
  • キャンペーン(軍事作戦)
  • 「市場を攻略する」「シェアを奪う

私たちは、こうした言葉を特に意識することもなく、日常的に使っています。便利ですし、簡潔に状況を言い表せるからこそ、これらの語が普及しているのだと考えられます。

しかし、何の疑問も持たずにこうした用語を使い続けるうちに、思考そのものが「奪い合い」に引き寄せられるということがあるかもしれません。渋沢の言葉から、そんなことを考えました。

世界が平和であるならいざ知らず、侵略や戦争が後を絶たない、それどころか状況は悪化しているようにも見える現代、こうした語を無意識に、無批判に、受け入れることは、私には難しいことです。

『原爆の図』を見て

先日、市川市役所の一室に展示された『原爆の図 第1部 幽霊』(複製・実寸大)を見てきました【注2】

この作品は、米軍が1945年8月6日に広島市に落とした原爆の犠牲者たちを描いた、丸木位里(水墨画家)、丸木俊(油彩画家)の共同制作によるものです。
全15部からなる『原爆の図』の第1部で、丸木俊は1930年代には市川市で小学校教師をしていたこともあります【注3】

会場には平和を願う市民が作った多数の千羽鶴も飾られていました。

8月は、原爆投下と終戦(敗戦)の月です。毎年この時期になると、多くの企業や個人が、それぞれの立場から平和について考え、言葉を紡ぎます。私自身も、この時期に立ち止まって考えたいと思い、この文章を書いています。

使う言葉、使わない言葉

渋沢の言うとおり、商売は本来、戦争とは根本的に異なるものです。取引が成立するとき、そこには勝者と敗者(Win-Lose)ではなく、利益を得て喜ぶ二者がいます(Win-Win)。それが商売という営みの本質であるはずです。

生涯を通じて約500の企業を設立するなど、「大きなこと」を成し遂げた渋沢が、一見「小さなこと」のようにも思える、よく使われている言葉が「商売」の本質と相容れないがために使わないと語る。3年前、このことを初めて知った私は大いに感銘を受けました。つい、使い勝手の良い言葉を、本質まで突き詰めて考えることをせずに使ってしまいますが、渋沢を見習い、言葉が何を表すかを考えたいと思います。

まもなく、終戦から数えて82回目の8月がやってきます【注4】。今も世界では悲惨な戦争が行われています。日本も無関係ではありません。

しかし、商売が成り立つのは、平和があってこそです。渋沢が「商戦」という言葉を退けたのも、突き詰めれば、商売と戦争は決して両立しないという確信があったからではないでしょうか。今年の8月も、私はこの言葉を胸に、自分の仕事と向き合いたいと思います。


〈注〉

0.タイトル「『商戦』という言葉を使いたくないと渋沢栄一は言った」は、「流れよ我が涙、と警官は言った」(フィリップ・K・ディック)のオマージュです。

1.公益財団法人渋沢栄一記念財団によると、渋沢栄一「商売は商戦に非ず」の底本や初出は以下の通りです。
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.73-88
底本の記事タイトル:二一七 竜門雑誌 第三三九号 大正五年八月 : 実験論語処世談(一五) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第339号(竜門社, 1916.08)
初出誌:『実業之世界』第13巻第13-15号(実業之世界社, 1916.06.15,07.01,07.15)

2.冒頭の画像は私(鈴木雄高)が2026年7月22日に市川市役所のファンクションルームで撮影した『原爆の図 第1部 幽霊』(複製・実寸大)です。

3.この件については、市川発見伝のウェブサイト「『原爆の図』の画家・丸木俊は戦前の市川で教員だった 根岸英之」(2025年8月6日)https://ichikawahakkenden.jimdofree.com/20280806/ で詳述されています。

4.終戦年の8月(1945年8月)を1回目とすると、2026年8月は82回目の8月になります。

〈関連記事〉

平和のために(2025年8月6日公開)https://ichikawa-marketing.com/peace-20250806/

平和こそが商売のインフラである(2026年3月1日公開)https://ichikawa-marketing.com/marketing-and-peace/