【連載】選択がマーケティングの風景を変える③ 便利さの積み重ねが、私たちを変えていく ― プラットフォームの上で暮らす時代 ―

※本稿は連載記事4本中の3本目です。
[第1回:なぜプラットフォームは一強になるのか ― 「良いサービス」が勝つとは限らない理由 ― は こちら]
[第2回:合理性のジレンマ ― 勝ち馬に乗ることは、本当に合理的なのか ― は こちら]
[第4回:AIは幸福な出会いを生み出すか? ― 「需給の質的なマッチング」の実現へ ― は こちら]


前回のコラムでは、「勝ち馬に乗ることは、本当に合理的なのか」という問いについて考えました。

多くの人が利用するサービスを選ぶことは、利用者にとって合理的な判断です。しかし、その合理的な選択が積み重なることで、市場が一部のプラットフォームへ集中し、さらに私たち自身の生活も、その環境に適応していくことがあります。

前回、このような構造を「合理性のジレンマ」と表現しました。

今回は、その合理的な選択の先で、私たち自身に何が起きるのかを考えてみます。


新しいスマートフォンより、アカウントを変える方が難しい

新しいスマートフォンを購入することには、抵抗を感じない人も多いでしょう。

しかし、そのスマートフォンで利用しているアカウントやサービスを、すべて変更しようと考えると、急に大きな負担を感じます。

例えば、iPhoneから別のスマートフォンへ買い替えることはできます。しかし、長年使ってきたApple IDを変更することは、簡単ではありません。

同じように、Googleアカウントも、単なるメールアドレスではありません。写真、連絡先、アプリ、決済情報、クラウド上のデータなど、多くの情報と結びついています。

これは単なる「面倒」という話ではありません。私たちは、長い時間をかけて、そのサービスの上に自分自身の環境を築いてきたのです。


便利なサービスは、いつしか生活基盤になる

かつて、メールサービスといえば、さまざまな選択肢がありました。Hotmail、Yahoo!メール、gooメールなど、多くのサービスが利用されていました。

しかし現在、メールアドレスは単なる連絡手段ではありません。さまざまなサービスにログインするためのIDであり、仕事や生活に関わる情報の入口になっています。

これはメールに限った話ではありません。

検索、地図、動画、音楽、決済、クラウド保存に至るまで、私たちの日常生活は、多くのプラットフォームの上に成り立っています。

以前、インフラといえば、道路、水道、電気、電話など、社会全体を支える基盤を意味していました。

しかし現在では、民間企業が提供するプラットフォームもまた、生活を支える重要な基盤になっています。


便利だからこそ、離れにくくなる

もちろん、これは悪いことではありません。

利用者が多く、機能が充実したサービスを選ぶことは合理的です。

しかし、使い続けるほど、そこにはさまざまな蓄積が生まれます。

操作方法を覚え、データを保存する。人とのつながりを築き、自分に合った設定をする。あるいは、仕事の流れを組み込でいく。このような蓄積は、別のサービスへ移る際の負担になります。

このような負担を、経済学や経営学では「スイッチングコスト(転換コスト)」と呼びます。スイッチングコストとは、単に「面倒だから変えたくない」という感覚だけではありません。これまで積み重ねてきた時間、経験、人間関係、データ、習慣そのものが、新しい環境へ移る際の壁になるのです。

私たちはサービスを使っているうち、気づけば、そのサービスの中に自分自身の環境を作り上げているのですね。


私たちは囲い込まれたのか、それとも適応したのか

ここで注意したいのは、プラットフォーム企業が利用者を強制的に閉じ込めている、という単純な話ではないことです。

私たちは、便利だから使い始めます。多くの人が使っていることで安心し、使い続けることで、自分に合った環境へと変化していきます。その結果として、離れることが難しくなるのです。

例えば、SNSを考えてみると、投稿履歴、フォローしている人、フォロワーとの関係など、単なるデータではなく、自分が過ごしてきた時間が蓄積されています。

新しいSNSが登場したとしても、簡単には移行できません。というのも、移動するということは、単にアプリを変更することではなく、自分の活動の場を移すことだからです。

私たちはサービスによって囲い込まれたというよりも、便利さを積み重ねた結果として、その環境に適応していったと言えるでしょう。

私は、このような状態を「便利さの積み重ねによる適応」と呼びたいと思います。


プラットフォームの変化は、生活の変化になる

このことを象徴する出来事の一つが、Twitter(現X)をめぐる大きな変化でした。

長年、多くの利用者がTwitter上で、人とのつながりや情報発信の場を築いてきました。しかし、経営者が変わり、サービス名称が変わり、機能や運営方針も変化しました。

生活の一部となったプラットフォームの変化は、多くの利用者の日常にも影響を与えます。

電気やガス、電話などの従来型インフラでは、提供する事業者が変わっても、利用者の生活基盤や利用方法が大きく変化することは多くありませんでした。

しかし、現在のプラットフォームでは、企業の経営判断やサービス設計の変更が、利用者のコミュニケーションや仕事の方法に直接影響することがあります。プラットフォームが生活基盤になったからこそ、その運営主体である企業の価値観や判断は、以前より重要になっているのです。


AIは、さらに深いプラットフォームになるのか

そして現在、AIによる新たな変化が始まっています。

これまでのプラットフォームは、情報を探す場所、人とつながる場所、商品やサービスを利用する場所でした。

しかしAIは、それとは少し異なる可能性があります。

会話履歴や自分に合わせたカスタム設定、仕事の進め方、文章の特徴、考え方の傾向などが蓄積されることで、AIは単なる道具ではなく、「自分に合わせて変化する環境」になっていきます。便利であればあるほど、使えば使うほど、手放すことは難しくなります。

これまでのプラットフォーム以上に、利用者に合わせた環境として深く結びついていく可能性がある。それがAIです。


私たちはプラットフォームを使っているのか

ここまで見てくると、一つの問いが浮かびます。

私たちは、プラットフォームを自由に選び、利用しているのでしょうか?それとも、選び続けた結果、その環境に適応しているのでしょうか?

もちろん、プラットフォームは私たちの生活を豊かにしてきました。例えば、個人でも世界中に情報発信できるようになりましたし、小さな企業や個人事業者でも、顧客やファンとつながることができるようになっています。AIによって、これまで専門家の助けが必要だった文章作成や情報整理にも、自ら取り組めるようになりました。

しかし、その便利さの中で、私たち自身も変化しています。

プラットフォーム時代の消費者は、単にサービスを選ぶ存在ではありません。自ら選んだ環境の中で、新しい生活様式や仕事の方法を形成していく存在なのかもしれません。

そして、この変化は企業や商品を提供する側にも、大きな問いを投げかけています。

こうしたプラットフォーム時代において、企業や商品は、どのようにして選ばれる存在になればよいのでしょうか。

次回は、変化する消費者とプラットフォームの関係を踏まえながら、AI時代に企業や商品が「選ばれる存在」になるための条件について考えてみたいと思います。


※本稿は連載記事4本中の3本目です。
[第1回:なぜプラットフォームは一強になるのか ― 「良いサービス」が勝つとは限らない理由 ― は こちら]
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