【レポートVol.13】地球沸騰化時代における消費者行動の変容と小売業の対応 ― 猛暑の常態化が来店価値の再定義を迫る ―

鈴木 雄高(市川マーケティング研究所 代表)
初版公開(PDF):2026年4月28日
Web版公開:2026年6月27日

要旨
本稿は、猛暑の常態化が消費者の購買行動と小売業のあり方に与える影響を考察したものである。気候変動による「二季化」の進行により、夏商戦の長期化や猛暑対策商品の需要拡大が進む一方、消費者には来店回避や時間帯変更などの行動変容が生じている。こうした変化に対し、小売業には「需要の再設計」という視点から、購買の時期・場所・受け取り方を見直す対応が求められる。またEC事業者にとっては需要獲得の好機である一方、配送能力や品質管理の課題も顕在化する。猛暑時代においては、来店価値そのものの再定義が重要となる。

キーワード:地球沸騰化、猛暑、気候変動、消費者行動、来店価値、EC

1.はじめに――「地球沸騰化」が変えるもの

2023年7月、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は「地球温暖化時代は終わり、今や地球沸騰化時代となった」と述べた1。この表現は単なる誇張ではなく、現実の気候変動の深刻さを端的に示している。国内でも、2025年夏は観測史上最高気温を記録した地点が相次ぎ、気象庁の担当者が「130年近い統計データのなかで断トツだ」と語るほどの異常高温となった2

こうした気候変動は、エネルギー政策や国際交渉だけの問題ではない。消費者の日々の購買行動にも、すでに直接的な影響を及ぼしている。猛暑のなかでの外出は身体的な負担が大きく、とりわけ高齢者にとっては健康リスクを伴う。小売業にとってこの変化は、単なる季節需要の変動ではなく、来店という行為そのものの意味を問い直す問題である。

本稿では、猛暑の常態化が消費者行動にどのような影響を与えるのかを整理し、小売業およびEC事業者が採るべき対応の方向性を検討する。

2.猛暑の常態化と「二季化」の進行

気候変動がもたらす変化は、気温の上昇だけではない。三重大学の研究チームによると、1982年から2023年の42年間で夏の期間は約3週間長くなり、春と秋が短縮していることが明らかになっている3。日本の季節は、春夏秋冬の「四季」から、夏と冬の存在感が大きな「二季」へと移行しつつある。

この変化は小売業の季節対応の前提を根底から覆す。従来、夏向け商品の販売期間は概ね6月から8月に集中していたが、「二季化」の進行により、その期間は大幅に拡張されつつある。実際、2026年の事例を見ると、イオンは3月に夏商戦を開始し4、ローソンは夏向け商品のアイテム数を前年比1.5倍に拡大した上で3月下旬から販売を開始している5。一方、ウエルシア薬局は2025年に猛暑対策商品の店頭展開を10月まで延長した6

夏を「季節イベント」として捉える従来の発想は、もはや実態に合わない。猛暑対策は、夏の一時的な備えから、暮らしを支える恒常的な営みへと変わりつつある。

気象庁が2026年4月に最高気温40℃以上の日の呼称を「酷暑日」と定めたことも、この変化の制度的な反映といえる7

3.消費者の購買行動への影響――来店回避と需要の変化

猛暑の常態化は、消費者の購買行動に具体的な変容をもたらしている。流通経済研究所が2025年に実施した消費者調査によれば、気温が高い時には多くの消費者が購買行動を変えると回答しており、特に年代の高い女性にその傾向が強い。具体的には、最高気温が高い日はなるべく買物に行かない、熱中症警戒アラートが発出された時は外出しない、日中を避けて夜や朝に来店するといった行動変容が確認されている8

ここで重要なのは、来店回避が一時的・個人的な判断ではなく、広く定着しつつあるという点である。炎天下での外出が健康リスクを伴うという認識が広がるにつれ、「行けない日」が「行かない日」へと変化し、その積み重ねが、購買行動全体を変えていく。

また、猛暑対策商品の需要拡大という側面も見逃せない。ネッククーラー、ハンディファン、ファン付きウェア、完全遮光日傘、アイススラリーといった商品群は、10年前には存在しなかった、あるいは珍しかったカテゴリーである。これらは今や夏の必需品となっており、消費者の「暑さへの対応コスト」が可視化・商品化されていることを示している。

4.小売業に求められる対応

猛暑への対応として小売業が採るべき施策は、個別の販促や品揃えの改善にとどまらない。本稿はその方向性を「需要の再設計」という概念で捉える。すなわち、消費者が「いつ」「どこで」「どのように」購買するかという行動パターンそのものを、小売業が積極的に設計し直すことが求められている。

まず、需要獲得時期の時間的前倒しである。非食品や日持ちする食品については、暑さが本格化する前の備蓄購買を促進する。「暑くなる前に買っておく」という行動を習慣化させることで、猛暑ピーク時の来店負担を軽減しながら、需要を確保することができる。週間天気予報と連動したアプリ通知やクーポン配信は、この施策の実装手段として有効である。

次に、来店時間の分散と来店価値の再定義である。高齢者には午前中、会社員には夜間の来店を促す時間帯別施策は、健康配慮と需要分散を同時に実現する9。さらに重要なのは、店舗が「涼める場所」としての価値を持つことである。快適な空調設計、休息スペース設置、自治体のクーリングシェルターとしての機能を担うことは、購買動機とは独立した来店理由を創出する。来店価値を「商品を買う場」から「安全に過ごせる場」へと拡張することは、猛暑時代における実店舗の存在意義の再定義でもある。

加えて、受け取り手段の多様化である。イオンネットスーパーでは、すでに多くの店舗でドライブスルー・ピックアップを導入している10。こうした店舗受け取りロッカーなどの仕組みは、外出負担を最小化しながら実店舗との接点を維持する手段として有効である。これらは配送キャパシティの制約を補完しつつ、来店という行為の身体的負担を軽減するラストワンマイルの最適化策でもある。

5.EC事業者にとっての機会と課題

猛暑下での外出回避という消費者心理は、EC事業者にとって大きな需要獲得の機会である。特に気温が高い日は、これまで実店舗での購入が前提とされてきた商品カテゴリーにおいても、EC利用の心理的障壁が低下する。この局面を初回利用者の獲得に活用することは、中長期的な顧客基盤の拡充につながる。

ただし、課題もある。高温環境下での食品配送は品質管理の難易度を高め、猛暑時に需要が集中することで配送キャパシティへの負荷が増大する。これらの課題は、単なる運用上の問題にとどまらず、EC事業の継続性に関わる重要な問題として捉える必要がある。猛暑の常態化が進む将来を見据えれば、配送能力の拡張に向けた投資は不可欠であり、それを怠ることは機会損失にとどまらず、顧客信頼の毀損につながりうる。

さらに重要なのは、猛暑はEC利用の一時的な押し上げ要因にとどまるのか、それとも購買行動のオンラインシフトを大きく加速させる契機となるのか、という点がある。来店回避が習慣化した消費者が、気温が下がった後も実店舗への回帰を選ばない可能性は十分にある。EC事業者はこの転換点を戦略的に捉え、猛暑期の需要獲得を顧客との長期的な関係構築の起点として位置づけるべきである。

6.おわりに――「店に行く意味」を問い直す

本稿では、猛暑の常態化という気候変動の帰結が、消費者の購買行動と小売業の対応に及ぼす影響を考察した。

議論を通じて見えてきたのは、猛暑対応が個別施策の問題ではなく、来店という行為の価値そのものを問い直す問題であるという点である。何のために店に行くのか、店はいつ、誰に、何を提供する場であるのか。これらの問いに対する答えが曖昧なまま施策を積み重ねても、消費者行動の変化そのものへの対応にはならない。

小売業に求められるのは、猛暑という外部環境の変化を受動的に処理することではなく、それを契機として来店価値を自ら再設計することである。その問いに向き合うことが、地球沸騰化時代における小売業の存在意義を問い直す出発点となる。

〈注〉

1.United Nations(2023)による。

2.朝日新聞(2025)による。

3.日本経済新聞(2025b)による。三重大学の滝川真央氏、立花義裕氏らの研究。

4.イオン株式会社など(2026)による。

5.株式会社ローソン(2026)による。

6.日本経済新聞(2025a)による。

7.気象庁(2026)による。

8.鈴木(2026)による。

9.朝の来店を促す「朝市」「アーリーバード・セール」や、夜間の「夕涼み市」「サマーナイト・バザール」などの施策が考えられる。これは単なる販促ではなく、消費者の健康と安全に配慮した取り組みでもある。

10.鈴木(2025)参照。

〈参考文献〉

イオン株式会社・イオンリテール株式会社・イオントップバリュ株式会社(2026)「ベストプライスから“楽しむ夏”と“猛暑を乗り切る夏”の新提案 『割ってアイスバー』&『凍らせて飲むアイススラリー』」ニュースリリース,2026年2月25日,https://www.aeon.info/wp-content/uploads/news/pdf/2026/02/260225R_4_1.pdf(2026年2月28日閲覧)

朝日新聞(2025)「今年の夏、史上最も暑かった 気温の平年差+2.36度 世界も猛暑」2025年9月1日,https://www.asahi.com/articles/AST912DRMT91UTIL019M.html(2025年9月20日閲覧)

気象庁(2026)「最高気温が40℃以上の日の名称を『酷暑日』に決定」2026年4月17日,https://www.jma.go.jp/jma/press/2604/17a/40degree_name.html(2026年4月28日閲覧)

鈴木雄高(2026)「猛暑が消費者の買物意識と購買行動に与える影響を探る」流通経済研究所 戦略セミナー『気候変動と消費者行動から見るこれからのリテール戦略』,2026年3月19日

鈴木雄高(2025)「Green Beansとイオンネットスーパーの比較で知るイオンのねらい」『ecAction』2025年3月10日、2026年2月27日更新、https://ecact.jp/aeon-netsuper/(2026年4月28日閲覧)

株式会社ローソン(2026)「今年は暑さ対策商品を昨年より約1.5倍に増加」ニュースリリース,2026年3月23日,https://www.lawson.co.jp/company/news/detail/1520311_2504.html(2026年3月31日閲覧)

日本経済新聞(2025a)「猛暑グッズ10月まで熱戦 ウエルシア、日傘の在庫2倍」2025年9月14日,https://www.nikkei.com/article/DGKKZO91316760T10C25A9EA5000/(2025年10月1日閲覧)

日本経済新聞(2025b)「日本の夏42年で3週間長く、春秋は短く『二季化』進む 三重大学研究」2025年10月13日,https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD112D70R11C25A0000000/(2026年4月28日閲覧)

United Nations(2023)“Hottest July ever signals ‘era of global boiling has arrived’,” UN News, July 27, https://news.un.org/en/story/2023/07/1139162(2026年4月1日閲覧)

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