【レポートVol.4】リアル店舗における購買体験の時間的構造 ― 「4つのワクワク」から考える来店価値の本質 ―

鈴木 雄高(市川マーケティング研究所 代表)
初版公開(PDF):2026年4月16日
Web版公開:2026年7月4日

要旨
購買行動を効率化の対象として捉える視点が一般化する一方で、リアル店舗での購買体験には代替しがたい情緒的価値が存在する。本稿はこの体験を時間軸に沿って再構成し、「来店前」「店内探索」「購入決定」「帰り道」の4局面におけるワクワク感を分析する。これらは期待、偶発的発見、選択、所有から使用までの移行に伴う情緒的価値が連続する体験として理解される。購買を「点」ではなく「線」として捉えることで、リアル店舗が提供する時間的豊かさの本質的価値を論じ、今後の来店価値設計の方向性を示唆する。

キーワード:リアル店舗、来店価値、購買体験、セレンディピティ、情緒的価値、ワクワク感

1.はじめに

購買行動は、利便性や時間効率の観点から最適化される対象として捉えられる傾向が強まっている。ネット購買やモバイルオーダーの普及に象徴されるように、近年の消費環境は効率性を重視する方向で発展してきた(消費者庁, 2021)。また、こうした傾向は、効率性を重視する現代消費社会の特徴としても指摘されている(Ritzer, 2013)。一方で、こうした効率性中心の消費に対しては、それとは異なる価値として体験価値の重要性も指摘されている(Pine & Gilmore, 1999)。

本稿の目的は、リアル店舗が提供する購買体験を、時間軸に沿って、「来店前」「店内探索」「購入決定」「帰り道」の4つの局面で捉え、各局面でのワクワク感について考察することである。購買を「点」ではなく「線」として捉える視点から、リアル店舗の本質的価値を考察する。

2.買物における時間の両義性

消費者の買物に対する態度は一様ではない。鈴木(2026)では、買物を「楽しい」と感じるポジティブ感情層ほど「じっくり時間をかけて買物したい」傾向が高く、逆に買物を「つまらない」と感じるネガティブ感情層では「迅速に済ませたい」傾向が高いことが示されている。

重要なのは、同じ個人であっても場面や対象によってこの態度が変化する点である。SHIBUYA109エンタテイメント(2024)の調査では、効率を重視する若年層であっても「自分が大切だと思う事柄には時間をかけたい」と回答する割合が高い。消費者は、効率追求と時間投資の姿勢を文脈に応じて切り替えているのである。

筆者の経験からも、こうした傾向は感じられる。リニューアルオープンした三省堂書店神保町本店で、いくつものフロアを歩き回り、気になった本を手に取った。しかし結局、何も買わずに店を出た。結果だけ見れば「時間の無駄」と言えるかもしれないが、店内を巡るなかで多くの本に触れ、思いがけない刺激を受ける時間は、むしろ充実していた。

3.リアル店舗におけるワクワク体験の4局面

リアル店舗での買物を時間軸に沿って見ていくと、4つの局面で異なるワクワク感が生じていることがわかる。

3.1 来店前のワクワク――期待と予感

第一のワクワクは、店に向かう前段階に生じる。「あの店に行けば、何かあるかもしれない」という期待に基づく高揚感である。目的が明確でなくとも、曖昧さそのものが期待を膨らませる要因となる。

ここで大切なのは、来店の理由がはっきりしていないことにも意味がある点である。「なんとなく行きたい」という気持ちの中には、うまく言葉にできない期待や予感が含まれている。そうした気持ちを引き出す店づくりが、リアル店舗の強みになる。

3.2 店内探索のワクワク――偶発的発見(セレンディピティ的体験)

第二のワクワクは、店内を探索する過程で生まれる。棚を眺め、手に取り、思いがけない商品と出会う――それは宝探しのような感覚であり、いわゆるセレンディピティ(偶発的な発見)といえる。

通路を歩き、気になった場所で立ち止まり、商品に触れては戻す。その何気ない繰り返しの中で、予期しなかった関心が芽生える。何も買わなかったとしても、感覚や気持ちが動くことで、ある種の満足が生まれる。

さらに、五感を使った体験もリアル店舗ならではのものである。商品を手に取ったときの重みや質感、棚の色合いや照明、食品のにおいなど、その場にいるからこそ得られる刺激がある。こうした体験は、デジタル上のレコメンドによる「偶然の出会い」とは異なる質のものである。

3.3 購入決定のワクワク――選ぶ喜び・決める喜び

第三のワクワクは、購入を決定する瞬間に生じる。リアル店舗では、迷い、比べ、選ぶという過程自体が、感情的な満足を生み出す。
中学生の頃、塾の授業前に立ち寄ったCDショップで、限られた予算の中から1枚を選ぶ時間に喜びを感じていた。時間をかけて選ぶことは、効率の観点から見れば無駄にも思えるが、実際には購買体験の充実につながっていた。

迷い、比較し、決定する。その過程が、購買の満足感を高めている。リアル店舗の価値は、「選ぶ行為」そのものを体験として提供できる点にある。

3.4 帰り道のワクワク――所有と使用のあいだ

第四のワクワクは、買ったあと、家に帰るまでの時間にある。手にした商品をまだ使っていない、その少しのあいだを楽しむ感覚である。
塾からの帰りのバスの中で、帰宅するのを待ちきれず、CDのセロファンを開け、歌詞カードを何度も眺めた。まだ音楽は聴いていないのに、家に帰って再生する瞬間を思い浮かべながら、その時間を過ごしていた。

こうして振り返ると、購入と使用のあいだには、わずかな時間の隔たりがある。そのあいだにふくらむ期待も、リアル店舗での買物の楽しさである。

4.購買体験を「線」として捉える意義

購買を「点」として捉える場合、買物成果として、商品を手に入れることだけが重視される。これに対して「線」として見ると、来店前から帰り道まで、ひと続きの体験として理解できる。

期待や予感、店内での思いがけない発見、選ぶ楽しさ、そして帰り道の余韻。こうした流れがあることで、買物は単にモノを手に入れる行為にとどまらず、時間をともなう体験として感じられる。

効率を重視する考え方では、この時間の広がりは無駄と見なされがちである。しかし、消費者がいつも効率だけを求めているわけではない。状況によっては、時間をかけること自体に意味を見出すこともある。リアル店舗の価値は、そうした時間の使い方を受け止められる点にある。

5.結論

本稿では、購買体験を時間の流れに沿って捉え、「来店前」「店内探索」「購入決定」「帰り道」の4つの局面に分け、それぞれで生まれるワクワクについて考察してきた。

リアル店舗の価値は、買物を「線」として捉えたときに見えてくる、時間の中での豊かさにある。期待、偶然の出会い、選ぶ時間、そして買ってから使うまでのあいだ。こうした一連の流れは、効率だけでは置き換えにくい情緒的価値を含んでいる。
消費者は、あるときは効率を求め、またあるときは時間そのものを楽しむ。リアル店舗は、後者の場面において、これからも重要な役割を持ち続けるだろう。

店舗の外も含めて購買を連続的な行動として捉える視点は、従来から消費者行動研究において指摘されてきたものである(Howard & Sheth, 1969;Lemon & Verhoef, 2016)。本稿では、その流れをあらためて時間軸に沿って整理し、各局面で異なるワクワクが生まれていることを示した。こうした捉え方が、購買体験を見直す一つの手がかりとなることを期待したい。

今後は、このような時間の使い方が、再来店やブランドへの愛着にどのようにつながるのかを、具体的に確かめていく必要がある。

〈参考文献〉

[日本語文献]

株式会社SHIBUYA109エンタテイメント(2024)「Z世代の時間の使い方に関する意識調査 『タイパ』とは言わないZ世代 効率化した先にもとめる『非効率』」(2024年9月25日公開,2026年4月13日閲覧)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000320.000033586.html

消費者庁(2021)『消費者白書 2021』.

鈴木雄高(2026)「買物における時間意識の分析―小売店舗の顧客体験設計への示唆―」『流通情報』第57巻第6号(通巻579号,2026年3月),pp.14–26.,https://www.jstage.jst.go.jp/article/deiryutsujoho/57/6/57_14/_article/-char/ja/

[外国語文献]

Howard, J. A., & Sheth, J. N. (1969). The Theory of Buyer Behavior. New York, NY: John Wiley & Sons.

Lemon, K. N., & Verhoef, P. C. (2016). Understanding customer experience throughout the customer journey. Journal of Marketing, 80(6), 69–96.

Pine, B. J., & Gilmore, J. H. (1999). The Experience Economy: Work Is Theatre & Every Business a Stage. Boston, MA: Harvard Business School Press.

Ritzer, G. (2013). The McDonaldization of Society (20th Anniversary ed.). Thousand Oaks, CA: Sage.

【PDF版レポート】