【レポートvol.5】買物困難とは何か ― 概念の拡張と売場設計への示唆 ―

鈴木 雄高(市川マーケティング研究所 代表)
初版公開(PDF):2026年4月16日
Web版公開:2026年7月7日

要旨
本稿は、「買物困難」という概念を再検討し、従来の空間的アクセスの問題に加え、時間的条件および売場内環境に起因する困難を含む多層的な構造として捉え直すことを目的とする。特に、来店後に生じる感覚的・認知的負荷に着目し、これらが従来の統計や政策において不可視化されてきた点を指摘する。そのうえで、買物困難を空間・時間・身体/認知の三軸で再整理し、それぞれをロジスティクス、サービスデザイン、ユーザーエクスペリエンスの課題として位置づける。さらに、従来の非計画購買を志向した売場設計との関係を踏まえ、両立に向けた売場設計の方向性を提示する。

キーワード:買物困難、売場設計、非計画購買、合理的配慮、感覚過敏

1.はじめに

「買物困難者」という概念は、主として商業施設への物理的アクセスの困難を指してきた。すなわち、店舗までの距離が遠いこと、あるいは移動手段を持たないことによって日常的な買物が困難になる状態である。

しかし、この定義では捉えきれない「買物困難」も存在する。本稿では、買物困難を単なる空間的問題としてではなく、時間的条件や売場内環境を含む多層的な構造として捉え直す。そのうえで、売場設計への示唆を導出する。

2.従来の買物困難――空間軸に基づく定義

買物困難という概念は、主に農山村部や郊外において、食料品等の生活必需品へのアクセスが困難である状態を指して発展してきた。典型的には、店舗までの距離が一定以上であること、あるいは自動車等の移動手段を持たないことが問題の中心とされる1
このように捉えた場合、「店舗に到達できるか否か」が中心的な論点となり、解決手段も移動販売や宅配といったロジスティクス改善が中心となる。しかしこの定義は、買物困難の一部のみを捉えている可能性がある。

3.売場内における買物困難――見えない障壁

店舗に到達しているにもかかわらず、買物が困難な状態が生じる。

例えば、照明や騒音、匂いに対して過敏に反応する感覚過敏のある人2、膨大な商品情報により意思決定が困難になる人、発達障害や不安障害により選択行動そのものに強い負荷を感じる人、認知機能の低下により売場構造の把握が困難な高齢者などである。

これらの困難は、来店という行動の後に発生するため、従来の統計や政策枠組みにおいては可視化されにくい3。また、来店していること自体が、問題の存在を覆い隠す要因ともなる。したがって、買物困難は「来店前の問題」にとどまらず、「来店後の問題」としても捉える必要がある。

4.買物困難の再定義――三つの軸で捉える

本稿では買物困難を以下の三つの軸として整理する。

第一に空間軸である。 店舗までの距離および移動手段の有無に関わる問題であり、従来の買物難民・買物弱者概念の中心をなす。

第二に時間軸である。 店舗が近接していても、営業時間と生活時間が一致しなければ来店は成立しない。夜勤労働者、育児中の生活者、不規則な生活リズムを持つ人々は、この制約を受ける。

第三に身体・認知軸である。 店舗に到達し時間的条件を満たしていても、売場環境そのものが障壁となる場合である。感覚的刺激の強さ、商品選択の複雑性、情報量の過多などが該当する。

三つの軸は独立ではなく相互に重なり合い、困難を増幅させる。また、第二・第三の軸に関わる困難は来店行動として顕在化しにくく、データ上は不可視化される傾向がある。

5.売場設計への示唆――設計思想の転換と実装

5.1 従来型設計思想との対峙

本稿で提示した三軸は、それぞれロジスティクス(空間軸)、サービスデザイン(時間軸)、ユーザーエクスペリエンス(身体・認知軸)というビジネス領域に対応づけることができる。

問題は、従来の売場設計思想とどう向き合うかである。これまでインストア・マーチャンダイジング(ISM)の枠組みでは、動線長を伸ばし、滞在時間を延長させ、多様な刺激を付与することで「非計画購買」を誘発することを最適解としてきた4。こうした設計は、消費者行動に関する知見を背景としたものであり、売上拡大の観点から合理性を有している。今後も一定の役割を持ち続けると考えられる。

しかしながら、共生社会における「合理的配慮」の観点を導入した場合、こうした刺激一辺倒の設計思想を一様に適用すべきではない5。過度な刺激や複雑な構造は、特定の感覚・特性を持つ層にとって認知的・感覚的負荷となり、購買行動そのものを阻害する、実質的には「入店拒否」に近い状態を生む可能性がある。

5.2 実装に向けた二つのアプローチ

今後の論点は、従来のように購買を促す売場づくりと、認知的・感覚的な負担を抑えた環境づくりをどう両立させるかにある。具体的な実装イメージとして、以下の二つの方向性を提示する。

① 売場構成の二重構造化
一方向の設計ではなく、顧客の特性や状況に応じた選択肢を提供する。
・クイックショッピングエリア: 目的志向客や認知負荷を低減したい客向けの、短時間・低負荷な動線。
・ディスカバリーゾーン: 非計画購買を志向する客向けの、長時間・高刺激な空間。

② 時間帯別の運営設計
状況に応じて店舗の「性格」を切り替える運用である。
・クワイエットアワー(例:9~11時): 照明やBGMを抑え、商品露出も制限した静穏な購買環境。
・通常営業(例:12時以降): POPや音響、動線誘導を強化した従来型の活気ある環境。

6.おわりに

買物困難は、従来のような空間的制約の問題としてのみ理解することはできない。本稿で示した三軸の枠組みは、困難の再定義であると同時に、売場設計の再考を促す視座でもある。

身体・認知軸における困難者への対応は、単なる「特定層への配慮」にとどまらない。認知負荷を下げた売場はすべての顧客にとって理解しやすく、時間的柔軟性は多忙な現代人にとっても有効である。買物困難者の視点から設計思想を更新することは、顧客全体の体験価値を向上させ、持続的な売上増にもつながる可能性がある。

〈注〉

1.例えば、農林水産政策研究所(2026)は、食料品アクセス困難人口を「店舗まで500m以上かつ自動車利用が困難な高齢者」と定義している。

2.感覚過敏研究所によると、感覚過敏とは、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚などの諸感覚が過敏で日常生活に困難さを抱えている状態を指し、病名ではなく症状である。

3.感覚過敏のある人への対応として、照明や音を抑えた「クワイエットアワー」を導入する小売店舗の事例が国内外で見られる。これは売場環境そのものを調整する試みであり、来店後の困難への対応の一例である。国内においても導入事例が確認されており、例えばヤマダデンキの一部店舗で実施されている(ヤマダホールディングス、2026)。

4.たとえば、公益財団法人流通経済研究所(2016)では、売場における動線設計や売場演出を通じて購買を喚起するISMが体系的に整理されている。

5.「合理的配慮」という概念自体の捉え方についても、当事者の側から再考を促す議論が見られる。例えば、芥川賞作家の市川沙央氏は、2024年のインタビューで、「『合理的配慮』という訳はほとんど誤訳と言ってよく、今からでも『合理的調整』とするべきだと考えています」と述べている(障害者ドットコム、2024)。

〈参考文献〉

農林水産政策研究所(2026)「食料品アクセスマップ」https://www.maff.go.jp/primaff/seika/fsc/faccess/a_map.html(2026年4月16日閲覧)

公益財団法人流通経済研究所(編)(2016)『インストア・マーチャンダイジング〈第2版〉』日本経済新聞出版社

株式会社ヤマダホールディングス(2026)「クワイエットアワー」https://www.yamada-holdings.jp/csr/quiethour.html(2026年4月16日閲覧)

感覚過敏研究所(年不明)「感覚過敏とは?病気なの?どこに相談すればいいの?対策方法は?さまざまな疑問にお答えします。」https://kabin.life/column/hyperesthesia/(2026年4月16日閲覧)

障害者ドットコム(2024)「『合理的配慮ではなく、合理的調整と呼ぶべき』芥川賞受賞作『ハンチバック』著者、市川沙央さんインタビュー」https://shohgaisha.com/column/grown_up_detail?id=3038(2024年4月26日公開、2026年4月16日閲覧)

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