【レポートVol.7】効率性の極大化と可処分感情の争奪 ― 国内EC市場における消費の二重構造 ―

鈴木 雄高(市川マーケティング研究所 代表)
初版公開(PDF):2026年4月18日
Web版公開:2026年7月10日

要旨
国内BtoC EC市場は2024年に26.1兆円規模に達し、物販・サービス・デジタルの3分野にわたって拡大を続けている。本稿はこの市場の量的拡大を前提としつつ、その背後で進む消費行動の質的変化を検討する。物販・サービス・デジタルの各分野を手がかりに、EC利用の基盤にある効率性志向が維持される一方で、領域によっては感情的関与を伴う消費様式が重なりつつあることを示す。これを「可処分感情」という概念で捉え直すことで、コンテンツ消費と関係性への支出が併存する構造を示す。さらに、この変化が分野間の境界を曖昧にし、消費体験の統合を促していることを指摘する。

キーワード:可処分感情、関係性への支出、マイナスをゼロにする消費、消費体験の統合、EC市場

1.はじめに

国内BtoC EC市場は2024年に26.1兆円規模に達し、物販・サービス・デジタルの3分野にわたって拡大を続けている(経済産業省,2025)。経済産業省の統計が示すこの数字は、ECがもはや「便利な買い物手段」を超え、現代日本の消費インフラの中核に位置づいていることを示している。

ただし、この拡大の背後で進んでいるのは、量ではなく質の変化である。本稿が焦点を当てるのは、その変化の向きである。すなわち、ECの利用動機は効率性の極大化をベースとしながらも、領域によっては感情資源への関与1をめぐる動きが強まりつつあるのではないか。
この変化は3分野それぞれに異なるかたちで現れており、さらに分野の境界そのものを曖昧にしつつある。以下、順に見ていく。

2.効率性の極大化としての物販EC――「マイナスをゼロにする消費」

経済産業省(2025)が示す事実として、物販系ECは2024年に15兆2,194億円(前年比3.70%増)を記録し、BtoC EC全体の約58.3%を占める最大分野である。

この分野における消費行動を一言で表すなら、マイナスをゼロにする消費である。

米・飲料・洗剤といった生活必需品では、消費者の関心は価格比較や選択の楽しさよりも、欠品しない安心感や身体的負担の軽減に向かっている。定期購買サービスの存在も、こうした志向を反映したものとして解釈できる。消費者はECを通じて、買い物という行為そのものを家事コストの外部化として扱っている。

かつてECの利用動機は、安さだけでなく、品揃えの豊富さや比較のしやすさなど多様であった。しかし現在の生活必需品に関して目立つのは、プラスの便益を求めるというより、不便・不安・重労働といったマイナスを取り除く志向である。この意味で、ここで起きているのは効用の最大化というより、負の効用の極小化である。

一方、趣味の道具や嗜好品では様相が異なる。ここでは探索のプロセスや生産者への共感が購買の決め手になる。効率性からあえて距離を取り、手間や時間をかけることで体験の密度を高めようとする動きである。

このように、物販ECには効率化と非効率の両方が併存しており、単一の軸では捉えきれない複雑さを持っている。

3.体験の前売りとしてのサービスEC――リアルとデジタルの補完関係

経済産業省(2025)によれば、サービス系ECは2024年に8兆2,256億円(前年比9.43%増)を記録し、3分野の中で最も高い成長率を示している。

本質は体験の前売りにある。旅行予約、飲食予約、チケット販売などはいずれも、これから起きる体験を先に購入する行為である。
注目すべきは、サービスECとリアル消費の関係が競合ではなく補完にある点である。外出やイベント参加が増えれば、それに伴って予約も増える。サービスECはリアル体験の入口として機能している。

さらに、オンライン予約は単なる手続きではない。予約の完了から当日、さらには体験後までの時間が、一連の体験として消費されている。リマインド通知や電子チケットの管理は、その過程を支える仕組みである。

事業者側から見れば、サービスECは時間という消える在庫を扱うビジネスでもある。ダイナミックプライシングとの親和性が高いのはこのためであり、需要に応じた価格調整は稼働率と収益の両方に直結する。

4.「可処分感情」をめぐる争奪――デジタルECの質的転換

経済産業省(2025)によれば、デジタル系ECは2024年に2兆6,776億円(前年比1.02%増)と、成長率は高くない。しかしこの分野では、量的な伸びとは別に、質の変化が進んでいる。

電子書籍や動画配信、音楽配信といった従来型の消費が引き続き基盤をなしている。そのうえで近年、「投げ銭」や「スーパーチャット」に代表される関係性への支出という別の消費様式が重なりつつある2。これらはコンテンツそのものではなく、関係への関与に対して支払われるものである。

もっとも、こうした支出は経済産業省のEC統計において必ずしも明示的に捉えられているわけではない。したがって、統計上の市場規模とは別の層で進行している変化として位置づけることが妥当であろう。

ここで本稿が提起するのが「可処分感情」という概念である。これは、消費者が特定の対象にどれだけ深く関わり続けられるか、その気持ちの持ち分を指す。

注意経済(アテンションエコノミー)が「どれだけ見られるか」を問題にするのに対し、可処分感情は「どこまで入り込めるか」に関わる。長時間接触しても心が動かなければ消費されたとは言えないが、短時間でも強く引き込まれれば、大きく消費される。

この視点に立てば、デジタル消費は単一の形では捉えられない。コンテンツ消費という基盤の上に、関係性への関与を伴う消費が重なり、異なるレイヤーが併存している。

コンテンツが過剰に存在する環境では、何を提供するかに加えて、どれだけ関与を引き出し、持続させられるかが重要になる。デジタル領域の競争は、感情をどれだけ引き留められるかという軸を強めつつある。

5.3分野の境界溶解と消費体験の統合

以上を踏まえると、物販・サービス・デジタルの境界は次第に曖昧になりつつある。

消費者はこれらを別々のものとしてではなく、一連の体験として捉えている。好きなアーティストのライブに行く場面を考えてみよう。チケットをオンラインで購入し(サービス)、当日着ていくグッズや衣類をECで揃え(物販)、開演前後にSNSやファンコミュニティで感想を共有し、公式の配信コンテンツに課金する(デジタル)。消費者にとってこれらはライブ体験という一つの文脈の中にあり、分野をまたいでいるという意識はない。

なお、感情を伴う消費の台頭は、必ずしも効率性を軸とした従来の消費を置き換えるものではない、という点は確認しておく必要がある。生活必需品を手間なく届けてほしいという需要は今後も消えない。旅行の手配を一括で済ませたいというニーズも同様である。感情的関与を軸とする消費は、こうした効率志向の消費とトレードオフの関係にあるのではなく、その上に積み重なるかたちで登場してきた層として捉えるほうが実態に近い。

消費者は状況や対象に応じて、効率を求める場面と感情を投じる場面を使い分けている。重要なのは、同一の消費者がこの両面を持つという点であり、どちらか一方に還元することはできない。事業者にとっても、効率性の提供と感情的関与の設計は、排他的な選択肢ではなく、異なる次元での課題として同時に問われるものになりつつある。

6.おわりに

本稿では、国内BtoC ECの3分野を手がかりに、消費行動が効率性の極大化を基盤としつつ、従来のコンテンツ消費に加えて関係性への支出が併存する構造を示していることを示した。この構造は、可処分感情の争奪を新たな軸として捉えることを可能にする。

この枠組みは仮説的なものであり、今後の実証的検討が必要である。特に可処分感情については、概念の操作化と測定可能性の検討が残された課題である。また、効率志向と感情志向が消費者の中でどのように使い分けられ、あるいは統合されているのかを明らかにするためには、購買行動データと心理的変数を組み合わせた分析が求められよう。

市場の規模を読むだけでなく、消費者が何を効率化し、何に感情資源を投じるかを問うことが、EC市場の質的変容を理解する上での基軸になると考えられる。

〈注〉

1.「感情的関与」は、消費者が特定の商品・サービス・体験に対してどれだけ「心を動かされ、深くかかわり続けるか」を表す概念であり、消費者行動研究における「関与度(involvement)」と関連する。本稿では、効率性志向の「機能的関与」と感情志向の「感情的関与」が併存する構造を示すことに焦点を当てている。

2.「投げ銭」や「スーパーチャット」は、YouTube Liveなどの配信プラットフォーム上で、視聴者が配信者に対して任意の金額を送る仕組みであり、コンテンツの購入というよりも、配信者との関係性や応援の意思に対する支払いとして位置づけられる。

〈参考文献〉

経済産業省 商務情報政策局 情報経済課(2025)「令和6年度電子商取引に関する市場調査報告書」(公開日:2025年8月26日、閲覧日:2026年4月18日)https://www.meti.go.jp/press/2025/08/20250826005/20250826005-a.pdf

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