【コラム】来店前から帰り道まで――リアル店舗が生む「豊かな無駄」

今年の正月、日経MJにこんな記事が載りました。
時短を促す商品や、隙間時間を活用するサービス、月額○○円でこんな機能まで――。至る所で目にする「タイパ(タイムパフォーマンス)」や「コスパ(コストパフォーマンス)」。そんな効率を意識した言葉に支配されていませんか? 正月にゆったりとMJを読んでいる今こそ、あえて無駄を楽しむ「ムダパ(ムダパフォーマンス)」の世界へ旅立ちましょう。
出所:日経MJ「2026年『ムダパ』への旅 4割がタイパ疲れ、無駄な時間で豊かに」(公開日:2026年1月3日、閲覧日:2026年4月13日)
無駄というと、なるべく減らしたいと考える向きが多いと思います。しかし、無駄の削減を徹底した結果、効率を追求する価値観ばかりが前景化し、本来あった豊かさまでもが削ぎ落とされているかもしれません。
本稿では、効率追求の外にある買物体験の豊かさについて考えてみたいと思います。
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買う商品が決まっていて、即時使用するわけではない場合、ECでの購入が便利です。
ほしい商品を選んでボタンを押して、あとは待つだけです。最近では、置き配や、店舗での受け取り、ロッカーでの受け取りなど、ECで注文した商品を家で待たなくてもよい受け取り方のバリエーションが豊富になっていますね。
これに対して、リアル店舗が提供する価値は、「買う」という「点」としての売買だけではないと考えることができます。例えば、こんなプロセスを踏みます。
家を出て、店に向かう
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店に入る
↓
歩いて、立ち止まり、商品を手に取って、比較検討する
↓
商品を選び、買う商品を決める
↓
会計する
↓
買った商品を持ち帰る
↓
家に帰る
↓
使用・消費する
こうしてみると、太字で表した店舗での行動(商品に出会い、購入するまで)の前後にも、空間的、時間的な広がりがあることがわかります。
ECサイトで検索し、ボタンを押して購入する。指先だけで完結する(場合によっては音声だけで済む)効率化された買物体験とは、大きく異なります。
リアル店舗での買物は、時間をかけて空間の中を動き回る体験です。というと、やや大げさに思われるでしょうか。先ほど「買う」という「点」としての売買と述べましたが、それを踏まえれば、リアル店舗で買物をする一連の行動は、「点」の前後を含む「線」的なものとして捉えられます。
時間の経過があり、空間的な移動があります。この間、感情の高まりもありますし、帰宅する道中に、家で開封して使う時のことを想像することもあるでしょう。
実に豊かな時間、豊かな経験です。
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2026年4月12日、3月にリニューアルオープンした三省堂書店神保町本店に赴きました。冒頭の画像は、その際に筆者が撮影した写真です。
以前の店舗と比べると、フロア数が減り、売場の総床面積も狭くなっていますが、その分、売場のレイアウトに工夫を凝らしており、本との出会いの場づくりに力が入っていました※1。
中心から四方八方、放射状に棚の列が広がっているフロアなど、回廊に迷い込んだ感じを受ける、本好きにはたまらない売場づくりです。
欲しい本だけを買う人向けではなく、歩きながら、セレンディピティを楽しみたい人に向けてつくられた売場になっています。
ここで白状すると、実は、この日、1時間弱滞在したのですが、結局1冊も購入しませんでした(三省堂さん、すみません)。
前日に自宅近くの書店で本をまとめ買いしたばかりだったので・・・というのは、「いいわけだよね、嗚呼」※2。
買物成果という意味ではゼロだったのですが、無駄な時間を過ごしたとは思わず、むしろ、書店空間で、情報(文字情報だけでなく、大小さまざまなサイズの書籍、こだわりのデザインと色彩、選び抜かれた紙素材といった一冊一冊の個性はもちろん、フロアの高低差が生む立体感など、売場そのものから発せられる情報も含め)をたっぷり全身で浴びて、豊潤な体験をしたという充足感がありました。
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リアル店舗における買物体験には「ワクワク感」が求められている、という意見をしばしば耳目にします。
筆者も、今から14年前に、「日常の買物に『ワクワク感』を。~タイガー1号店オープンで考える~ 」というコラムを書きました(流通経済研究所 研究員コラム、2012年8月13日公開)。
また、日頃、特に小売企業の戦略や各シーズンの商品戦略などをモニタリングしているのですが、近年、セブン-イレブンは、頻繁に「ワクワク感」を訴求することを謳っています。
消費者は、売場の商品そのものにワクワクすることはもちろんですし、三省堂書店の例で述べたように、売場内を歩きながらワクワクすることもあります。
さらに、先述したようなリアル店舗に向かう道中や、買物を終えて買った商品を持っての帰路でも、ワクワクすることがあるのです。
(もちろん、まったく気持ちが動かない買物もあります)
順を追ってみてみましょう。
1つ目のワクワク(店舗に行く前)
家を出る時、あるいは電車やバスに揺られている時間。今日はどんな商品に出会えるかと思いを馳せます。
この目的地であるリアル店舗に向かうプロセスで、日常モードから探索モードに少しずつ切り替わります。
2つ目のワクワク(売場で商品を探索している時)
店に着き、書店の棚を見ながら歩きます。
あるいは、緻密に構成されたアパレルショップの空間を歩きます。
目的の商品以外に何かないかなと売場に視線を向けながら歩く行為は、自ら探索する宝探し(トレジャーハンティング)の喜びにも似ています。
3つ目のワクワク(売場で商品を選び、決めるとき)
宝探しのように商品を探し続けた末に、「これだ」と思う一品に出会います。
(「出会いこそ人生の宝探しだね」※3というフレーズが思い出されます)
商品を選び、購入を決めるその瞬間、気持ちは自然と高まります。
ECでボタンを押し、カートに入れて決済する場面では感じられない、リアル店舗ならではの感覚です。
アパレルショップでは、購入した服が丁寧に包まれ、ブランドのショッパー(袋)に収められます。それを受け取って店を出るとき、どこか少し誇らしいような、高揚した気持ちになります。同じ商品をECで購入することを思い浮かべると、注文ボタンを押す時や、商品が届く時に、こうした感覚は生まれにくいと感じられます。
4つ目のワクワク(帰り道)
特に注目したいのは、帰り道で感じるワクワクです。
買物を終えた商品を持ち帰る過程は、単なる運搬の過程(ロジスティクス)として捉えられがちであり、使用までの時間は「待ち時間」という負のコストとして扱われます。ですが、本当にそうでしょうか。
中学生の頃、私は本八幡にある塾「市進」に京成バスで通っていました。授業前に少し早く着けば京成百貨店の本屋に寄ったり、パティオのイトウミュージックシティ、シャポーの新星堂といったCDショップに向かったものです。
待望のCDを手に入れた塾の帰り道、空腹を感じながら揺られるバスの中で、我慢できずに薄いフィルムを剥がし、歌詞カードを広げました。そこにあるのは、まだ耳にしたことのない、アルバム収録曲のタイトル、歌詞、参加ミュージシャンなどのクレジット、そして「Special thanks to...」。
まだ見ぬ、まだ聴かぬ音に想いを馳せる。この想像力を激しくかき立てられる時間は、音楽そのものを聴くのと同等か、あるいはそれ以上に豊かな体験でした。想い出補正がかかっているかもしれませんね。
しかし、もし、レジを通った瞬間にその音がスマホから流れてきたら、こうした「帰り道の時間」は生まれにくかったはずです。
「帰り道の価値」を、現代のブランドも大切にしています。
アパレルショップで服を買い、そのブランドのロゴが入ったショッパーを提げて街を歩く。それは単なる運搬(ロジスティクス)ではなく、自分の選択を街に示し、高揚感を持続させる「儀式」です。
また、米国のトレーダージョーズのような人気店では、顧客が専用のトートバッグに品物を詰め、誇らしげに街へと繰り出します。店に行く時も、帰り道も、そのブランドの世界観の中に身を置きます。
なお、ソーシャルメディアでの情報発信などを行わず、データ活用にも消極的なトレーダージョーズですが、ポッドキャスト番組(音声コンテンツ)には力を入れています。顧客は、店舗への行き帰りの車の中などで番組を聴くことで、店舗外でも同社とつながる状態となります。
以上、解説してきたように、リアル店舗は、「買う」という「点」の接点だけでなく、前後の時間と空間を含む「線」としての(あるいは、立体的な)買物体験、ブランド体験を提供しているといえます※4。
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タイパという価値観に立つと、リアル店舗での買物につきものの、移動の時間、迷う時間、商品を使うまでの待ちわびる時間は、「無駄」とされるでしょう。
確かに、リアル店舗での買物には、「買いに行こう」と思い立ってから実際に購入し、家に持ち帰って使うまでのあいだに、時間と空間の隔たりがあります。だからこそ、私たちは想像力を膨らませ、購買プロセスそのものを味わうことができるのです。
効率化の名のもとに無駄が削られていく時代ですが、「豊かな無駄」を、もう少し意識して楽しんでみてもよいと思っています。
きっと、共感してくれる人もいるはずです。
こうした情緒的価値を大切にするリアル店舗が、これから増えていくことを期待しています。
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〈備考〉
※1:リニューアルオープンした三省堂神保町本店の売場について書きながら思い出していたのは、東京駅前の丸善丸の内本店の4階に、2009年から2012年まで存在した「松丸本舗」のことでした。この売場は、松岡正剛氏(編集工学研究所)と丸善の共同プロジェクトによって運営され、ジャンル別でも著者別でもない文脈による陳列や、著名人の本棚を再現したコーナーなどが人気を博しました。松丸本舗のコピーは「本はもっと遊びたがっている」で、
〈松丸本舗では約五万冊の書籍が松岡の脳内を再現するかのごとく、自由自在かつ縦横無尽に並べられていた。松岡のオーダーに応えて丸善が制作した特注の本棚は、意味や文脈を固定されないままに様相を変え続ける有機的な本のあり方を表現し、約六十五坪というわずかな面積ながら「知の迷宮」とも呼べる空間がつくり上げられた。三年という短い期間だったが、知の連環を本と棚で表現した松丸本舗のスタイルは、後続の書店に影響を及ぼし〉ました。
山括弧内の出所は、丸善雄松堂公式ウェブサイト「『松丸本舗』のオープン~常識をくつがえす実験的書店空間~」(公開日:2021年11月7日、閲覧日:2026年4月13日)です。
※2:シャ乱Q「いいわけ」より。同曲は、30年前の1996年4月24日に10枚目のシングルとしてリリースされました。
※3:trf「BOY MEETS GIRL」より。同曲は、32年前の1994年6月22日に7枚目のシングルとしてリリースされました。
※4:本稿の内容の一部を整理した論考を、市川マーケティング研究所のレポートシリーズVol4【リアル店舗における購買体験の時間的構造 ― 「4つのワクワク」から考える来店価値の本質 ―】として公開しました。「レポート」ページで閲覧できます。
