【レポート紹介】マーケティングの力と倫理的課題および社会的責任

マーケティングに携わるビジネスパーソンや研究者は、その技術が持つ影響力を行使するのと同時に、影に潜む倫理的課題を直視し、誠実なビジネスのあり方を探求することにも真摯であるべきです。そうあってほしいという願いを込め、ヒントとなりうるレポートを公開しています。
まず、私たちが日常的に接する「売場の環境」を問い直しました。華やかなPOPやデジタルサイネージで賑やかに演出された店舗は、消費者の気分を高めます。しかしその一方で、音や光といった刺激は、一部の消費者にとって「見えない障壁」となっています。近年注目される「感覚過敏」などに触れつつ、これまで「好ましい売場環境」とされてきた設計が、図らずも特定の人々を排除しており、買物困難の要因になっていることを解説し、店舗が取りうる対策について検討しています(Vol.5)。
デジタル空間における「欲望の生成」についても検討しています。ソーシャルメディア(SNS)全盛の現代、アルゴリズムが個人の脆弱性をプロファイリングし、外見や身体の悩みを突く「コンプレックスマーケティング」が日常に入り込んでいます。この手法の巧妙さは、被害者が声を上げること自体が自らのコンプレックスをさらけ出す自己開示になってしまうため、不当な商法であっても問題が可視化されにくいという「沈黙の構造」にあります(Vol.12)。
そして、マーケティング技術の「政治への転用」という重い課題にも踏み込んでいます。少し前に、大手広告代理店の社員が首相官邸に出向し、支持率向上や世論・空気の醸成をミッションとして活動していたことが話題になりました。商品の魅力を伝える技術を、政治家の支持向上に援用することには、どのようなリスクがあるでしょうか。レポートでは、商品と違い選挙の結果は「買い直せない(不可逆)」ことや、誰がどんなメッセージを受け取っているか外部から検証できない「情報の不可視性」が、民主主義の基盤である自律的な判断を損なう危うさを指摘しています(Vol.16)。
これらのレポートが、マーケティング実務や研究に従事する皆様にとって、自らの仕事の尊厳と社会への影響を改めて考えるきっかけになれば幸いです。
市川マーケティング研究所 レポートシリーズ Vol.5
買物困難とは何か
― 概念の拡張と売場設計への示唆 ―
2026年4月16日
著者:鈴木 雄高(市川マーケティング研究所 代表)
本稿は、「買物困難」という概念を再検討し、従来の空間的アクセスの問題に加え、時間的条件および売場内環境に起因する困難を含む多層的な構造として捉え直すことを目的とする。特に、来店後に生じる感覚的・認知的負荷に着目し、これらが従来の統計や政策において不可視化されてきた点を指摘する。そのうえで、買物困難を空間・時間・身体/認知の三軸で再整理し、それぞれをロジスティクス、サービスデザイン、ユーザーエクスペリエンスの課題として位置づける。さらに、従来の非計画購買を志向した売場設計との関係を踏まえ、両立に向けた売場設計の方向性を提示する。
キーワード:買物困難、売場設計、非計画購買、合理的配慮、感覚過敏
目次:
1. はじめに
2. 従来の買物困難――空間軸に基づく定義
3. 売場内における買物困難――見えない障壁
4. 買物困難の再定義――三つの軸で捉える
5. 売場設計への示唆――設計思想の転換と実装
5-1.従来型設計思想との対峙
5-2.実装に向けた二つのアプローチ
6. おわりに
市川マーケティング研究所 レポートシリーズ Vol.12
欲望の生成と沈黙の構造
― コンプレックスマーケティング試論 ―
2026年4月22日
著者:鈴木 雄高(市川マーケティング研究所 代表)
本稿は、外見・身体コンプレックスに訴求するマーケティング(コンプレックスマーケティング)の問題構造を明らかにし、求められる規制の方向性を論じる問題提起的考察である。
需要創造はマーケティングの正当な機能であるが、コンプレックスマーケティングはその延長線上にありながら、存在しなかった欠乏感を消費者に提案し、本物の不安として定着させるという固有の性格を持つ。マーケティング倫理・ジェンダー社会学・公衆衛生の三分野における先行研究を概観した上で、本稿はコンプレックスマーケティングに固有の三つの構造的特徴を指摘する。すなわち、アルゴリズムによる脆弱性のプロファイリング、被害の告発が自己開示を伴うことによる沈黙の強制、そして高額・継続購入を前提とした抜け出しにくい経済設計である。これら三つが重なることで、問題は可視化されにくく、消費者の自律的判断は実質的に損なわれる。対応策としては、消費者リテラシーへの依存や広告内容規制の限界を踏まえ、ターゲティングの仕組みそのものへの介入が求められる。
キーワード:コンプレックスマーケティング、脆弱な消費者、ボディイメージ、ターゲティング規制、アルゴリズム広告、自己客体化
目次:
1. はじめに
2. 需要創造とコンプレックスマーケティング
3. 三分野の先行研究から見えること― マーケティング倫理、ジェンダー社会学、公衆衛生・精神医学 ―
4. 構造的特徴―なぜ問題は見えにくいのか
4-1. 脆弱性のプロファイリング
4-2. 沈黙の強制
4-3. 抜け出しにくい経済設計
5. 規制論の検討
6. おわりに
市川マーケティング研究所 レポートシリーズ Vol.16
マーケティング技術の政治的転用をめぐる職業倫理の問い
― 技術を持つ者の倫理と責任 ―
2026年5月1日
著者:鈴木 雄高(市川マーケティング研究所 代表)
本稿は、商業マーケティングで培われた技術が政治的文脈へ転用されることの倫理的な問題を検討する。両者は手法を共有する一方、影響範囲、不可逆性、検証可能性、規制水準において本質的に異なる。とりわけ、マイクロターゲティングやフィルターバブルにより、個々の有権者に最適化された情報が不可視に流通し、自律的判断が損なわれるリスクが高まる。本稿はこの「見えなさ」を中核問題として位置づけ、マーケティングの「選別」と「増幅」という性質が民主主義と緊張関係に入る可能性を指摘する。その上で、実務家・研究者が仕事の選択や表現設計において自覚的に判断する職業倫理の必要性を提起する。
キーワード:マーケティング技術の政治転用、職業倫理、マイクロターゲティング、フィルターバブル、自律的判断、情報の不可視性
目次:
1. はじめに――マーケティングの政治転用と職業倫理
2. 商業マーケティングと政治マーケティングの類似と差異
3. 人の脆弱性を利用する技術――コンプレックスマーケティングとの類比
4. マーケティング実務家・研究者としての職業倫理
5. おわりに――技術を持つ者の責任
【レポートの引用について】
レポートの内容は、適切な方法で引用していただくことを心より歓迎いたします。引用の際は、必ず出典として「市川マーケティング研究所」の名称と、該当記事のURLを明記してください。
〈論文の参考文献の記載例〉
鈴木雄高(2026)「欲望の生成と沈黙の構造 ― コンプレックスマーケティング試論 ―」『市川マーケティング研究所 レポートシリーズ Vol.12』https://ichikawa-marketing.com/wp-content/uploads/2026/04/20260422_Ichikawa_Marketing_Lab_Report_Vol12.pdf(公開日:2026年4月22日,閲覧日:[閲覧した日付を入力])
〈ウェブメディアなどでの引用時の記載例〉
出典:市川マーケティング研究所
レポート名:欲望の生成と沈黙の構造 ― コンプレックスマーケティング試論 ―
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https://ichikawa-marketing.com/report/
https://ichikawa-marketing.com/
