【おしらせ】論文「買物における時間意識の分析」が掲載されました|『流通情報』2026年3月(No.579)

市川マーケティング研究所の鈴木雄高が執筆した論文が、流通とマーケティングの専門誌『流通情報』2026年3月号にが掲載されました。既に「寄稿・出演・コメント・出版など」のページには掲載しています。
冒頭の画像は、『流通情報』の実際の誌面からの引用です。ここに書かれている、論文のアブストラクト(概要)とキーワードを以下に掲載します。
買物における時間意識の分析―小売店舗の顧客体験設計への示唆―
Analysis of Time Consciousness in Shopping: Implications for Customer Experience Design in Retail Storesアブストラクト:
本研究は、現代の消費行動において重要性を増す「タイパ(時間効率)」志向を背景として、買物における消費者の時間意識の差異と、その規定要因、および小売店舗が取るべき顧客体験の方向性を明らかにすることを目的とする。全国の20歳〜79歳の男女6,480名を対象としたインターネット定量調査データを用い、性別、年代、スーパーマーケット利用頻度、買物に対する感情的態度と、買物における時間意識の関連性を、クロス集計、カイ二乗検定、および調整済み残差分析により検証した。
分析の結果、性別、年代、利用頻度と時間意識の関連性は弱いものの、買物に対する感情的態度と時間意識の間には有意な関連が認められた。具体的には、買物を「楽しい」と感じるポジティブ感情層は「じっくり時間をかけて買物したい」傾向が高く、買物を「つまらない」と感じるネガティブ感情層は「迅速に買物したい」傾向が高いことが示された。以上の結果から、買物に対する関与の高さが、時間意識の差異を生み出す主要因であることが示唆される。
これらを踏まえると、小売店舗は消費者の買物意識を踏まえて、顧客体験を設計することが重要である。具体的には、効率性を追求する「迅速層」に対しては、動線最適化やデジタル技術を活用した時間的コストの最小化を、体験価値を重視する「じっくり層」に対しては、試食や専門接客といった快楽的価値の最大化を図るといった対応を推進すべきである。キーワード: 買物行動(Shopping Behavior)、時間意識(Time Consciousness)、顧客体験(CX)(Customer Experience)、感情的態度(Emotional Attitude)、小売戦略(Retail Strategy)
この論文は、特集「タイパが変える市場―時間価値創造をめぐる企業対応の現在」のテーマに合わせて掲載されています。
タイパは、タイム・パフォーマンスの略で、時間効率の意味で使われている語です。三省堂「今年の新語2022」で大賞に選出されたように、コロナ禍以降に使われだした「新語」です。
タイパを重視する価値観は、スマートフォンの普及やデジタル技術の発達、処理しなくてはならない情報量の増加を背景として台頭してきたと考えられていますが、この価値観は消費者の購買行動や消費行動にも影響を与えているのではないか、という問題意識が、『流通情報』に特集を組ませたのではないかと予想しています。
『流通情報』の特集論文には、拙論文以外に、3名の論文が掲載されています。
Z世代のタイパが示す消費行動の新しい合理性
A New Rationality in Consumer Behavior: Generation Zʼs Multi-Dimensional Time Performance Orientation
廣瀬涼(株式会社ニッセイ基礎研究所 生活研究部 研究員)
タイパの逆説—効率社会の「共鳴」が変えるマーケティング戦略—
The Paradox of Time Performance: Rethinking Marketing Strategy through the Lens of Resonance in an Efficiency Society
鶴見裕之(流通経済研究所 客員研究員/横浜国立大学 国際社会科学研究院 教授)
タイパ時代におけるメーカー・小売の対応
Manufacturer and Retailer Responses to the Shift toward Time Performance Orientation
白鳥和生(流通科学大学 商学部経営学科 教授)
私(鈴木)は、2002年3月に大学院の修士課程を修了して以来、論文を書く経験はなかったのですが、2010年に書いた論文が『流通情報』に掲載されたことを皮切りに、時々、論文を書いています。以下のリストは、『流通情報』に掲載された拙論文を新しい順に並べたものです。
- 買物における時間意識の分析―小売店舗の顧客体験設計への示唆― /2026年3月(No.579)
- アパレル小売業におけるOMO戦略の分析:ユナイテッドアローズ、パルグループ、アンドエスティHDの事例研究 /2026年1月(No.578)
- 新型コロナウイルス感染症の流行下における消費者の購買行動と買物意識の変化――「ショッパー・マインド定点調査(2020年1月~2023年7月)」より /2023年11月(No.565)
- 新型コロナウイルス感染拡大期におけるショッパーの意識と行動の特徴 ―『ショッパー・マインド定点調査』データの分析と考察― /2021年5月(No.550)
- 店舗小売業における新しい需要獲得施策~令和時代の消費を担う若者に選ばれるために~ /2019年5月(No.538)
- 小売業が日常会話において話題に上るための要件―消費者インタビューを通じた考察― /2017年9月(No.528)
- 食品の販売強化により成長するディスカウント型小売業-コスモス薬品とドンキホーテホールディングスの戦略と動向- /2017年5月(No.526)
- 米国におけるショッパー・マーケティングの最新動向と国内での実施に向けた若干の示唆 /2014年11月(No.511)
- ドラッグストアにおける購買者の来店動機に着目した購買特性分析および品揃えに関する検討 /2014年5月(No.508)
- LINEを活用したマーケティングの可能性 /2014年3月(No.507)
- ゲームの要素は顧客ロイヤルティの向上に寄与するか? /2013年11月(No.505)
- 小売業における地域密着経営の重要性と今後の展望―ダイシン百貨店の「住んで良かった街づくり」に学ぶ /2013年7月(No.503)
- インターネット通販における消費者の生活環境と購買行動に関する研究 /2012年7月(No.497)
- 小売店舗における来店促進の取り組みの課題と展望 /2011年11月(No.493)
- 人口減少・偏在化時代の郊外における小売業をとりまく問題 /2011年7月(No.491)
- 食品スーパーにおける高齢者の購買の計画性 /2011年1月(No.488)
- FSPデータを用いた食品スーパーにおける男性顧客の購買行動分析~ショッピングマンはターゲット顧客となりうるか?~ /2010年9月(No.486)
2010年9月号に掲載された論文のサブタイトルに「ショッピングマン」とありますが、これは、特集「『ショッピングマン・マーケティング』のすすめ」を受けて書かれたことを表しています。
当時、米国の消費者行動研究で注目され、小売業の店頭において実践する大手メーカーが登場しつつあった「ショッパー・マーケティング」に引っ掛けて、「買物をする男性」を対象としたマーケティング、「ショッピングマン・マーケティング」を提唱したのは、私の大先輩でもある根本重之さんでした。
16年前、スーパーマーケットで買物をする男性が増えてきた――という変化の兆しに注目した根本さんは、スーパーマーケットの主要な顧客はほとんどが女性で、男性にもっと店に来てもらって買物をしてもらうべきだ、そのために研究者は何をし、実務家は何をすればよいか、研究し、提言していこうと、若手研究員だった私に呼びかけてくれたのでした。
根本さんの豊かな発想力が当時の私に与えた影響は大きく、私の中を流れる水脈のように、16年という歳月を経てなお、思考の底を潤し続けています。油断すると乾ききってしまう私の好奇心や探求心ですが、過去に受けた強烈なインパクトのおかげで、何とか失われずに済んでいます。
ところで、近い将来、発表される予定の拙稿では、生活者の日常の調理や買物に対する考え方と行動(特に、惣菜などの「中食」の活用)に注目し、クラスター分析によって生活者を類型化しているのですが、執筆しながら、世帯の家事を中心的に担っている女性の存在感が、予想以上に大きいことに驚きました。拙稿は消費者行動の文脈で書いたので、家族社会学的な論じ方はしていないのですが、「認知的家事」(身体的な家事に付随する、非身体的な作業・思考)を含む家事全般が、世帯において女性にかなり偏重しており、性別役割分業の価値観が根強いのでしょう。
根本さんが提唱した「買物をする男性を対象としたマーケティング」=「ショッピングマン・マーケティング」には、男性市場の開拓といった意味合いもあったでしょうが、世帯における家事を男女で分担することを推進しよう、伝統的な性別役割分業からの解放を目指そう、という生活者としての誠実な動機もあったのだと思います。
現在は、当時と比べれば、家事の分担が進んでいるとは思いますが、必ずしも十分ではありません。数年前から「見えない家事」という言葉が注目されたように、家庭運営に不可欠な細かなタスクや、献立の決定・在庫管理といった「認知的家事」の負担は、依然として男性からは不可視な領域に留まっています。この「見えづらさ」こそが、実質的な分担率の上昇を阻む見えない壁になっているのかもしれません。
