【コラム】ブラックフライデーの常識にとらわれないヘラルボニーの「作家報酬2倍」施策

本稿の読者の多くが日本国内で生活していると思いますが、ここ日本で、近年、11月下旬に小売企業各社が、大規模な販促を実施していることをご存知でしょうか?

その名も「ブラックフライデー」。

これは、特定の企業やチェーンが実施する販促キャンペーンの名称ではなく、一般的に用いられています。10月末のハロウィーン、12月のクリスマスの間にあたる、11月下旬が、ブラックフライデーの期間です。

まさに今、各社ではブラックフライデーの名のもとに大胆な値引き販売を行い、販促実施期間であることをアピールし、集客していますね。

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ちなみに、ブラックフライデーという語は、元々、1960年代のアメリカのフィラデルフィアで、感謝祭の翌日に大勢の買い物客や観光客が街に殺到し、交通渋滞や万引きが多発する「暗黒の金曜日」として、警察官が使い始めた言葉だそうです。

といっても、現在のように、販促の名称として使われるようになったきっかけは別にあり、それは、1980年代にフィラデルフィアの新聞が「小売業者がもうかって黒字になる日」という意味で使ったことに由来するようです。小売店舗が、この日の大きな売上によって、年間の赤字を黒字へと転換できる、まさにV字回復できるという意味があるのだとか。

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ブラックフライデーの波に乗らないと、その期間、顧客を他社に奪われてしまうと恐れる小売企業は、必ずしも積極的に取り組みたいわけではないとしても、自社でもブラックフライデーの販促を行うことになります。そんなわけで、多くの小売企業がブラックフライデーの大規模販促を行うようになっている、とのような構図があると思われます。

なお、ブラックフライデーと称して販促を行う企業は、消費者向けに商品を販売する小売企業が主ですが、ECサイト等で消費者向けの直販を行うメーカーなどでも行うケースはあります。

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ブラックフライデーの期間中、各社は顧客を引き付けるため、目玉商品を大幅に値下げするなど、大々的に価格販促を行います。こうすることで、短期的に大きな売上を得られるのですが、その一方で、本来の価格よりも低い水準で多くの顧客に販売することになり、商品によってはブランド価値を下げてしまうというリスクを伴います。

そんな中、ブラックフライデーのビッグウェーブには乗りながらも、この期間に、「価格を下げる」のではなく、「価値を上げる」という選択をしている企業があります。

知的障害のある作家の作品を扱うヘラルボニー(HERALBONY)です。

同社は、2025年11月24日から同年11月30日までの7日間、同社公式店舗とオンラインストアで、「作家報酬2倍」でアートプロダクトを購入できる「価値上げブラックフライデー」を実施しています。

これは、顧客に「値引き」ではなく「貢献」という価値を提示する、ユニークな取り組みです。同社のブランド・メッセージは、「異彩を、放て。」というもので、これは、ミッションステートメント(企業理念)の中核を成す言葉でもあります。知的障害のある作家が持つ、個性や才能を「異彩」と捉え、その価値を社会に向けて放ち、世の中の見方を変えていこうという、同社の強い意志を表現しています。

同社がブラックフライデーに講じている「作家報酬2倍」という施策は、どのような示唆を与えてくれるでしょうか。

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ヘラルボニーの「報酬2倍」施策は、値引き販売によってブランドの価値が損なわれるリスクを回避しつつ、顧客に自社の価値観を伝えることに重きを置いたものになっています。

  • 「貢献」を顧客の購買動機にする

一般的なブラックフライデーの販促では、顧客が「どれだけ得をするか」に焦点を当てます。
これに対して、ヘラルボニーの施策は「作家の創造を、どれだけ支えるか」を訴求するものになっています。
顧客の購買動機を「節約」から「貢献」に切り替えるものともいえます。
顧客は安さではなく、自身の購買行動が社会的意義を持つことに対価を払うわけです。
この購買行動により、共感や信頼が生まれます。

  • ブランド価値を守る

ヘラルボニーの価値の源泉は、作家が持つ技術とアートですが、安易に値下げすることは、作家および作品の価値を否定し、価値を損ないかねません。ブラックフライデーの販促は行う、けれども、「値下げはしない」という選択は、ブランドの一貫性を守る戦略でもあります。

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ヘラルボニーの施策は、同社のブランドに対する考え方とも深く関連したものです。

  • インターナルブランディングの強化

報酬アップは作家へのリスペクトの反映です。これを明示することで、同社が「誰の価値を重んじる会社であるか」を明確にします。同社と作家の信頼関係は強化され、作家の継続的な創作活動を支えることにもつながります。

  • 社会・メディアへの発信

ブラックフライデーの報道は、多くの場合「どれだけ値下げしたか」に集中します。また、その報道や実際の購買を通じて消費者がSNSなどで発信する情報も、「どれだけ得をしたか」を喧伝するようなものが主です。こうした流れの中、「作家の報酬を上げる」というニュースは、まさに異彩を放っており、自然と注目を集めます。大きな広告費を投じずとも、ブランドの理念、同社の思想を、社会に届けることが可能になります。

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ヘラルボニーの施策は、どのような企業でも模倣できるというようなものではありません。背景には、以下のような要素や構造があると考えられます。

  • 商品の代替不可能性

ブラックフライデーの対象となる商品は、作家のアート作品をモチーフとしたアパレルや雑貨など、作家オリジナルの表現をプロダクト化したものです。市場に代替品はありません。

  • 共感によって支えられたロイヤルティ

ヘラルボニーの顧客の多くは、商品を単なるモノとしてではなく、(もちろん、デザインがカッコいいから、おしゃれだから、かわいいから、ということを評価して購入する人も多いと思われますが)「作家を支える物語」に共感して購入すると考えられます。この共感があるからこそ、価格競争に参加せずにブランドを守ることができるのです。

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ヘラルボニーのユニークな施策は、特にブランド・ビジネスに関わっているビジネスパーソンにとって、示唆を与えてくれるはずです。例えば、以下の3点は大いに参考になるのではないでしょうか。

  • 販促費を「価値の源泉」に投資する

値下げの予算を商品の独自性の向上に振り向けます。例えば、原料生産者へのプレミアム、品質の向上、作り手の技術育成などです。これらを「顧客と共につくる価値創造」として訴求することが可能です。

  • ブランドの一貫性を犠牲にしない

短期的な売上を得るために、ブランド本来の価値を軽視すると、長期的にはブランドの価値は損なわれ、競争力が低下します。安くしないと買ってもらえない存在になってしまうのです。短期的な売上の追求に走るのではなく、「ブランドを守る」姿勢を崩さないことが、長期的には価格競争から抜け出す力になります。

  • 購買動機を「価格」から「共感」に切り替える

商品の背景やブランド価値を伝えることで、価格以外の選択理由を提供できます。企業哲学、公正な生産背景、サステナビリティなどを(販促期間だけでなく)常日頃から伝えることで、共感を生み、支持を得られるはずです。共感が生まれれば、販促を行う場合でも、価格販促ではない手法で購買してもらうことが可能になるでしょう。

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ハロウィーンのセールがすっかり根付いた日本の消費市場において、徐々に浸透しつつあるブラックフライデー。
安さを訴求する企業が多数派だからこそ、ヘラルボニーの「価格は下げない」で、「価値を上げる」という施策は、異彩を放っています。販促手法ひとつとっても、埋没していません。同社の取り組みは、一見、逆張り手法のようにも見えますが、それだけではなく、上述したように、企業が大事にしている価値と通底しているものです。
ぜひ、ヘラルボニーの施策の中に、自社に活かせる要素を探ることで、ブランドのあり方や自社が何を価値とみなすかを改めて考えてみてください。

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〈参考情報〉
株式会社ヘラルボニー公式サイト「“値下げしない” ブラックフライデー『安くなる日』ではなく、『価値を上げる日』に。」(閲覧日:2025年11月25日)
https://heralbony.com/pages/251121_n_blackfriday