【コラム】小売企業のAIカメラ活用事例7選+1~消費者行動を理解しショッパー・マーケティングにつなげる~

小売店舗を運営するためには、多数の従業員を確保しなければなりません。しかし、人件費の上昇が続き、人手不足の状態に陥っている店舗も少なくないのが現状です。
他方、スーパーマーケットやコンビニエンスストア、ドラッグストアといった小売店舗では、店内に設置したデジタルサイネージによって、店内の顧客に対して効果的なメッセージを届けることで、購買を促す動きが活発化しています。現在は、リテールメディアの勃興期といえるでしょう。
小売店舗が、限られた人数の従業員で運営することと同時に、リテールメディアを運用するメディアという役目も担うようになりつつある現在、AIカメラを活用する小売企業が目立ち始めました。
そこで、本稿では、AIカメラによって消費者行動を捉え、効果的な打ち手につなげたり、業務効率を向上させている企業の事例を紹介します。
※この記事は2025年4月に市川マーケティング研究所の鈴木雄高が執筆したものです。
目次
はじめに
近年、生活の中にAIが入りこんできた印象が強いと思います。特に生成AIの発展と普及は目覚ましいですね。
小売店舗に目を向けると、店内に設置されたカメラにAIが搭載され、売場の改善や、広告の配信内容検討などに活用されています。
本稿では、売場でのAIカメラを活用した消費者行動の理解と、店舗業務や広告内容の改善について、小売企業7社の取り組み事例および、小売企業との協業を重視しているメーカー1社の活動を紹介します。
1.トライアルホールディングス1),2)
先日、西友を買収することを発表して話題を集めているトライアルホールディングスは、システムを自社で開発するなど、デジタル技術を駆使して事業の効率化を図ることで知られています。
2018年2月には、スマートストア1号店として位置付けられた「アイランドシティ店」をオープンしました。この店舗では、当初より、主通路上などに設置されたカメラで、顧客の推定年代や性別、回遊状況を把握し、棚前のカメラで商品陳列状況や顧客の商品接触状況を記録していましたが、7年前にこれほどのことを実現したのは、非常に先進的な取り組みだったと言えるでしょう。
現在では、AIカメラを活用したダイナミックプライシングにも取り組んでいます。「トライアルGO脇田店 in みやわかの郷」では、AIカメラが売場の電子棚札と連動し、AIによって「20%」や「半額」など、自動値下げを行って電子棚札表示を変更しています。
2.イオンリテール3)
イオンリテールで、AIカメラで顧客の行動を捉え、接客を必要とする人かどうかを自動判定しています。接客が必要だと判定されると、従業員に通知が届き、顧客を待たせず、スムーズに接客を行えます。
また、AIカメラで顧客の店内動線を把握するとともに、売場滞在時間や手を伸ばした棚の情報を自動取得し、ヒートマップで可視化しています。可視化された情報をもとに、店内レイアウトや品揃えの改善を行えるほか、通路を変更した場合のシミュレーションも行えるということです。
3.ファミリーマート4)
ファミリーマートは、2024年3月に、全国47都道府県、合計10,000店にデジタル・サイネージメディア「FamilyMartVision」の設置が完了したことを発表しました。また、同年同月から、広告主に向けて、地域や立地特性など、細分化された単位での配信プランと、AIカメラによる視認分析メニューを提供しています。
これまでも、POSデータやID-POSデータの分析、アンケートによる顧客への調査プラットフォームを活用することなどにより、メディアの効果測定が可能でした。これらに加え、AIカメラによって、デジタルサイネージの視認率や、視認者の属性を知ることができるのは、広告主にとって大きな魅力になるでしょう。
4.セブン-イレブン5)
セブン-イレブンは、2024年、AIカメラで顧客の動きを把握し、デジタルサイネージの効果測定を行うシステムを500店舗に導入しました。このシステムは、広告配信や購買のデータと組み合わせることで、消費者行動を高精度で分析できます。具体的には、レジや飲料売場の上などに設置するデジタルサイネージを対象に、AIカメラで顧客の顔と頭の向きから視認したかどうかを確認し、視聴人数や視聴時間を測定するということです。
5.サッポロドラッグストアー6),7)
サッポロドラッグストアーが展開する店舗、サツドラでは、AIカメラとPOSデータを掛け合わせて広告を運用しています。ウェブサイトではユーザー体験(UX)向上のためにABテストが行われますが、サツドラでは、これと同じように、「Satudora InStore Ads」と呼ぶデジタルサイネージで複数の広告パターンをABテスト配信しています。この取り組みによって、配信対効果が高い広告の検証が可能になりました。
また、AIカメラによって、デジタルサイネージの広告内容と視聴者属性の関係を複数店舗のデータで分析することにより、店舗の立地や時間帯で顧客属性が異なることがわかるため、店舗に合った内容の広告を配信することも可能です。
サツドラでは、AIカメラで取得した顧客の属性や滞在時間、デジタルサイネージの視聴時間といった情報を分析することで、在庫管理の効率化や商品配置の最適化も実現しています。
6.東急ストア8)
東急ストアは、「中目黒本店」および「中央林間店」の出入口のデジタルサイネージとレジ付近に設置したAIカメラを活用して、顧客の購買行動分析を行っています。具体的には、AIカメラでデジタルサイネージ広告視聴率や視聴者属性を取得し、売場へ立ち寄りや販売への影響を測定しています。
2024年10月には、広告主に対して、デジタルサイネージ広告を視聴した顧客の購買行動分析レポートを提供するサービスを開始しました。
このサービスを提供する前に行った実証実験では、デジタルサイネージ広告を視聴した顧客は、視聴しなかった顧客と比較して、対象商品の売場に立ち寄る割合や、対象商品の購買率が高いことを確認したということです。
そごう・西武9)
2023年の5月から9月にかけて、そごう大宮店で、AIカメラを活用し、顧客のフロアをまたいだ行動分析の実証実験を行いました。フロア間の移動を捉えることで、上層階を経由して食品フロアに来る割合が年代により異なることがわかりました。
・20代:上層階を経由する割合は約7割
・30代~60代:上層階を経由する割合は3~5割
そごう・西武では、20代の顧客の多くが、食品売場の前に上層階の化粧品売場や専門店に立ち寄ることから、食品以外のフロアを目的として来店し、非計画的に食品フロアに立ち寄る傾向があると推測しています。同社は、20代の顧客を食品フロアに誘引するための品ぞろえや催事の開催が有効であろうと考察しています。
サントリー10)
近年、様々な小売企業がAIカメラを活用して顧客の行動を理解しようと努めていること、購買行動の理解に基いて売場改善を図ろうとしていることを確認しました。
本稿の最後に、小売企業との協業を重視しているサントリーが、AIカメラの活用を通じて知見を得た事例を紹介します。
サントリーは、2014年頃からAIカメラを活用して、売場での顧客の購買行動の可視化、分析を開始しました。売場滞在時間を調べたところ、以下のことが分かったそうです。
・特定のブランドを購入する顧客:約9秒
・色々なブランドを購入する顧客:約45秒
この結果にサントリーは驚いたといいます。滞在時間に差があることは予想していたのですが、その差が予想を上回っていたからです。この結果を踏まえ、サントリーは、顧客に伝えるメッセージが、メーカーの独りよがりのものになっては意味がないと考えたそうです。また、顧客の購買行動やニーズを深く知ることで、顧客起点のマーケティングを高度化し、取引先である流通企業の生産性向上につなげたいとも考えているということです。
まとめ
最後に紹介したサントリーは、AIカメラを活用することで、顧客のタイプによって売場滞在時間が異なることを具体的な数値で捉え、顧客タイプによる行動の差に驚いていましたね。
AIカメラの更なる高度化、低価格化が進めば、なんとなくわかっていた顧客の購買行動を、従来よりも容易に、かつ、日常的に把握できようになります。
顧客の行動を定量的に把握することは、顧客が何を求めているのかを考え、仮説を立て、売場づくりや広告内容を改善することにつながっていきます。例えば、売場滞在時間が短い顧客と長い顧客がいることがわかったとしたら、各々が求める情報の種類は異なるはずだ、という仮説を立てることができます。前者は、自分が買いたいブランドが売場のどこにあるかがわかればよく、後者はどの商品を選べばよいか、決め手となる情報を必要としているかもしれません。また、情報の中身だけでなく、伝え方においても、それぞれの顧客に合った方法があるはずです。
AIカメラは、小売店舗における顧客起点のマーケティング、つまり、ショッパー・マーケティングを徹底する上で、非常に有効なツールだと言えるでしょう。是非、今回紹介した事例をヒントに、AIカメラを上手に活用して、人手不足の克服や、リテールメディアの効果的な運用を行っていただきたいと思います。
〈参考文献〉
1) トライアルが2018年にオープンしたアイランドシティ店の情報の出所:MD NEXT「トライアル最新店に見る スマートストアのファイナルアンサー」(公開日:2018年6月21日、閲覧日:2025年1月3日)https://md-next.jp/5926
2) トライアルのAIカメラを活用したダイナミックプライシングの情報の出所:トライアルホールディングス「世界初、店内カメラと連動したダイナミックプライシング技術」(公開日:2023年6月6日、閲覧日:2025年3月1日)https://trial-holdings.inc/news/blog/647ed3f7dc999730bff2faa2/
3) イオンリテール株式会社 ニュースリリース「“スマートな”買物体験を実現するAIシステムを順次拡大 『AIカメラ』が、おもてなしや、より良い売場づくりをサポート『AIカカク』で適切な価格を提示、食品ロスも削減」(2021年5月13日公開、2025年1月3日閲覧)https://www.aeonretail.jp/pdf/210513R_1.pdf
4) 株式会社ファミリーマート ニュースリリース「ファミリーマート店舗に設置する店内のデジタルサイネージ10,000店達成~国内最大規模のリテールメディアを構築~」(公開日:2024年03月29日、閲覧日:2025年3月30日)https://www.family.co.jp/company/news_releases/2024/20240329_01.html
5) 日本経済新聞(ウェブ版)「ソニーG、セブン500店にAIカメラ 消費者の行動分析」(公開日:2024年4月24日、閲覧日:2025年3月30日)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC224GW0S4A420C2000000/
6) サツドラのAIカメラを活用したデジタルサイネージの広告運用に関する情報の出所:IT media ビジネスオンライン「小売マーケの限界突破か サツドラ、AIカメラ×広告で売上が1.6倍に」(公開日:2023年08月22日、閲覧日:2024年12月20日)https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2308/22/news006.html
7) サツドラのAIカメラを活用した在庫管理や商品配置の情報の出所:ITmedia ビジネスオンライン「リテールメディアを変える『エッジAIカメラ』 サツドラが導入後に得た成果とは?」(公開日:2024年03月06日、閲覧日:2024年12月20日)https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2403/06/news019.html
8) グローリー株式会社、株式会社東急ストア、伊藤忠食品株式会社 プレスリリース「ローリー・東急ストア・伊藤忠食品がリテールメディア事業において協業を開始~ サイネージ視聴率と来店者属性、購買行動の分析で広告価値を最大化 ~」(公開日:2024年10月7日、閲覧日:2025年3月30日)https://www.glory.co.jp/company/news/detail/id=2526
9) PR TIMES 株式会社そごう・西武 プレスリリース「AIカメラでお客さまの来店目的を可視化/来店顧客のフロア間行動分析を開始」(公開日:2024年7月14日、閲覧日:2025年3月20日)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001541.000031382.html
10) MarkeZine「マス・Web広告などの空中戦からリアルへつなぐ──サントリー、AIカメラを使った『売り場のDX』」(公開日:2024年8月20日、閲覧日:2025年3月25日)https://markezine.jp/article/detail/46227