【コラム】「ひと中心のまちづくり」と「いじわるベンチ」と「広告記事」

昨日公開されたウェブ記事に、こんなものがありました。

在京放送局が運営するウェブメディアに掲載された、その文章は、1950年代に創業した、インフラ資材メーカーの広告記事(記事に「PR」という語が添えられたもの)でした。
このメーカーは、道路の車線分離標やフェンスといった、交通安全や景観に関わる製品を長年手掛けてきた、当該分野のパイオニア的な存在です。
そんな老舗企業が、現在、国も推進している「ウォーカブルなまちづくり」に関わるインフラの整備に力を入れているというのです。
これまでの「車中心のまちづくり」から、「ひと中心のまちづくり」へ、という流れですね。街路を、居心地の良い、歩きたくなるような空間にしようということです。
記事のタイトルでは、文章の内容を伝える言葉よりも、就職活動中の人に読んでもらいたいという、この企業の願いが目立っていました。
記事を通じて、これからの都市計画、まちづくりに関わる仕事をしている会社だということを知ってもらいたいということのようです。

しかし、私(市川マーケティング研究所の鈴木雄高)は、この記事へのリンクが埋め込まれたバナーの写真を見て、大いなる違和感を持ったのでした。

私は、かつて、ウォーカブルといった言葉が使われていない時代でしたが、大学院時代に、歩行者空間のサービス水準に関する研究をしていました。また、現在も、歩行者、ここにはもちろん車いす利用者やベビーカーも含むわけですが、この人たちにとって不便な、移動の障壁に、施設利用の妨げになっている場所をバリアフリー化しようと呼びかけている地域の人たちと共に活動しています。
そんなバックグラウンドを持つ私なので、上記メーカーの取り組みには注目したいのですが、複数写真で構成されたバナー内に配置されたベンチが気になってしまいました。
正直なところ、バナーを視認した瞬間、私の関心事である、まちづくり関連の記事である、ということよりも先に、これは「いじわるベンチ(排除ベンチ)」だと思ったのでした。

いじわるベンチ(意地悪ベンチ)、または、排除ベンチという言葉をご存知ですか?

寝転んだり、長く座ったりできないように突起やバーが付けられたり、座面が湾曲したりしているベンチがある。「排除ベンチ」とも呼ばれ、いまやどこにでもある。

朝日新聞「意地悪な『排除ベンチ』撤去 取り組んだ市議が考える公共空間の意味」(公開日:2024年5月26日、閲覧日:2026年1月22日)

※冒頭の画像は「ぴあぱーく妙典」のインクルーシブを謳った遊具広場の近くにある「調節池」の畔に設置された、肘置きのあるベンチです。

広告記事へのリンクとなっているバナーに、残念ながら、いじわるベンチの写真が使われていたのですが、上の朝日新聞の記事にあるように、今ではいたるところで目にすると思うのです。横に長いベンチを区切るようにして、肘置きのようなものがついているベンチや、腰掛ける面が水平ではないベンチを。ですから、使用する写真を決めた人も、決裁者も、このベンチの写真を載せることに疑問を持たなかったとしても無理はありません。

ちなみに、バナーだけでなく、記事のトップ画像(ページの最上段の画像)にも、いじわるベンチの写真が載っています。しかし、記事の中ほどに掲載されている複数の写真には、いじわるではないベンチが写っているのです。そもそも企業は発注を受けてベンチを設計するのだと思うのですが、発注者に「肘置きをつけてほしい」とオーダーされたら、それに従わなくてはならないはずです。

いや、従わないこともできるかもしれませんね。

「排除につながるようなデザインはふさわしくないと考えているため、肘置きをつけたベンチは設計しません」
「代わりにフラットな座面のベンチを提案します」

話が逸れましたが、まちづくりに関わる仕事がしたいと思っている就職活動中の人が、いじわるベンチを好ましく思っていない場合、私と同じように残念に思うでしょうし、応募しないという意思決定をする可能性が高いと思います。「ひと中心のまちづくり」と謳っているけれど、排除されている人がいるのではないか?と感じる若い人は、少なくないと思いますし、今後、増えることが予想されます。

私が広報担当で、この記事を制作する立場だったら、あえていじわるベンチの写真をバナーや記事内で使うことはしません。もっとも、それも正直な態度とは言えないので(いじわるベンチを製造し、まちに設置している会社であることにはかわりないので)、むしろ、そのような記事の制作の仕方、不都合な真実を隠そうとすることには欺瞞があるかもしれませんが。

こうして文章を綴りながら、私も、自らの仕事に対して、深い自省の念を抱かずにはいられなくなります。

何だか、ひとりで「哲学対話」をしているような文章になってきました。
そういえば、年末には、こういうことをポッドキャストで話したいと思っていたのでした。

マーケティングに携わっていると、一点の曇りもない気持ちでは仕事ができない場合もあるのです。
葛藤を抱えながらも、目の前の課題をこなすということが。
それは、なにもマーケティングに限りませんよね。
そんな、もやもやを言葉にする場として、ポッドキャストを立ち上げたいと思った、ということなのです。

昨年のクリスマスに「悩めるマーケターの日常――消費と自由をめぐるサムシング」というタイトルを思いついたのですが、年明けの1月4日に、「マーケティングの雑記帳」の方が良いかもしれないと思い、今に至ります。ちなみに、本稿を書いている今は、やはり前者の方が良いのではないか、という気持ちが強くなっています。

そんなわけで、腰は重いですが(比喩です)、遠くない未来に、市川マーケティング研究所のポッドキャストを立ち上げる構えですので、楽しみにしていてください。